『悪魔のごはん』

文字数 2,262文字

(しかばね)を背負い、歩き始めたツァラトゥストラ。

だが、まだ百歩も進まないうちに一人の男が忍び足でやってきて、彼の耳に囁く……。なんと、その男はあの、『綱渡り師』を飛び越した道化であった。
「この街から出ていけ。おう、ツァラトゥストラ」と道化は言う。「ここにはあんたを憎んでる奴が多すぎる。人が良くて正しい連中にだって、あんたは憎まれてる。連中、あんたのことを自分らの敵だと、自分らを軽蔑してやがると思ってる。正しい信仰をもってる信心深いやつらが、あんたのことを民衆に対する危険だと言っている。よかったじゃないか、みんなに笑われて、だって、現にあんたの話し方は道化みたいだったんだからな。よかったじゃないか、あのくたばった犬っころと手を結んだのは。そんな落ち目なざまだったから、今日のところはあんたは助かったってわけなんだからな。だがこの街からは出て行け。──さもなきゃあ、おれは明日あんたを飛び越すぜ。おれは生き延び、あんたは死ぬのさ」。そう言い終えると、男は姿を消した。
「なんですかこのひとー、最初、親切に警告してくれているのかと思えば……」
「本当に悪魔みたいな道化ですわね。しかもこの最後のところ、これは脅迫にあたるんじゃありません?」
「『明日あんたを飛び越すぜ』という部分だな、それをすると飛び越されたのは落ちて死ぬらしい、もしそうだとすると、『みたいな』ではなく、本当に悪魔なのかもしれないな」
「ツァラさん、死んじゃわないですよね?」
「さあ、それはどうかな? 神も死んでしまったぐらいだしなあ」
「えー、もう、やめてくださいよぅ」
こんなところで死んでしまっては冒頭で物語が終わってしまう。もう少しは長生きしてもらいたいころだ。

さて、そんな悪魔的道化師の忠告にかまわず、(くら)い小路をさらに歩いていったツァラトゥストラは街の門のところで墓掘り人たちに出会う。彼らはツァラトゥストラの顔を認めると、ひどく(あざけ)り笑うのだった。
「ツァラトゥストラが死んだ犬を背負って出て行くぜ。けなげなこった、ツァラトゥストラは墓掘り人になったってわけだ。そりゃあおれたちの手はこんな腐れ肉にふれるにゃあ綺麗すぎるからな。ツァラトゥストラは悪魔の食い物をくすねようって算段か? けっこうじゃないか! たっぷり味わえよ! まあ、悪魔がツァラトゥストラより上手(うわて)の盗人じゃなければいいけどな! ──悪魔なら、お前ら二人ともかっぱらって喰っちまうぜ!」。そして彼らは声をそろえ、頭をすりつけあって笑った。
「んもー、嫌な人たち。ツァラさん、こんな街からはさっさと出てっていいんじゃないですかね」
「物言わぬ同行者がもし口を聞けたら、そういったかもしれないな」
「そういえば、さっきの悪魔の道化師もこの墓堀り人たちも、落ちた人のことを犬扱いしてますわね。死んだら犬になってしまう、なんてことあるのかしら」
「さてなあ、ただ、昔から犬は人間に従順でよいペットとされているしな。この男どもは自分より弱い者を隷属的と見下して犬っころ扱いしているんだろうと思うが」
「わんこだって可愛いですよ!!」
「うむ、それは僕もそう思う。彼らは可愛いものを理解できないのだ」
猿は苦手でも、カエルと犬は好きらしい栞理である。
「まったく、ほんと世も(すえ)ってかんじ。末人(すえじん)とはよく言ったものです!」
末人(まつじん)、な」
一応は訂正しておく栞理であった。

その後、ツァラトゥストラはとぼとぼと歩き続け、ふと空腹であることに気がつく。
「飢えがわたしを襲ってくる」、とツァラトゥストラは言った。「盗賊が襲ってくるように、森と沼のほとりで、飢えに襲われている。この真夜中に。」
「つられて飢えが私を襲ってくる! ダイエット中だと言うのに、この真夜中に!」
「お菓子まだありましてよ、どうぞ♪」
「わあい☆」
「デブってもしらないぞ?」
「もー! 先輩たちもお菓子バリバリ食べてるじゃないですかー! それで何でデブんないのか不思議ですっ!」
「僕たちは摂取した糖分を脳の活動につかっているからさ」
「えぇー、そんなことできるんですかあ?」
「たしかに頭を使っているときは甘いものほしくなりますわね」
「きっと、必要としている器官に優先的にエネルギーが回るようにできているのさ」
「わ……私は、ウエストや二の腕がエネルギーを必要としているんですよぅ、きっと……。

むぅー……(涙)」

「頭の体操や適度な運動もしたほうがいいぞ……。


 ともあれ、ツァラ殿の空腹は不意に襲ってくるらしいな。

 いつも考え事をしていて食事を忘れてしまうタイプなのだろう。

 そういえば、兄もそんなタイプだったなぁ」

「栞理だってそうじゃない。しょっちゅう昼食わすれてますわよ?」
「ん、そうだったか?」
「だめですよ、規則正しい食生活は健康の基本なんですから」
「うー、それ以上痩せられたら困りますぅ。ちゃんとゴハンたべてくださーい!」
「ひとみちゃんはご飯忘れるなんてことはなさそうで安心ね」
「け、健康には気を配ってますからっ!(´;ω;`)ブワッ」
飢えたツァラトゥストラを差し置いてご飯談義に花が咲く乙女たちである。


さて、健康に気を付けているかどうか、かなり不明なツァラトゥストラと、もう健康どころか命すら失ってしまった背負われの屍は無事食事にありつけるのか。

そして何より、冒頭の悪魔の予言は成就されてしまうのだろうか。

ツァラトゥストラの余命やいかに。

このあたりは、また、次回のお楽しみとさせていただこう。

〈つづく〉
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登場人物紹介

敬聖学園図書委員。菅原《すがわら》ひとみ です!

明るく元気な一年生! たまに騒ぎすぎて先生に叱られてます。

うちの学園の図書室ってすごい大きいんです。礼拝堂の裏にある4階建ての建物が丸々「図書館」なんですよ。すごいよね。地下室もあるって噂もあったりして。

小早川栞理《こばやかわ・しおり》と申します。

何やら図書室の主だとか超能力者だとか名探偵の生まれ変わりだとか……。

色々と噂されているようですね。その上、二重人格だとか……。

ーーー

ふん、この切り替えは意図してやっていることだ。他人にどうこういわれる筋合いはないな。


(親しい人の前では男っぽくなります。その理由は本編をどうぞ)

早乙女《さおとめ》れいか です。

自他共に認める栞理の大親友。栞理のいるところれいかあり。

栞理の頭脳と我が家の財力があれば、大抵のことはなんとかなりますのよ。


押忍! ワガハイが新聞部部長、柏野《かしの》ようこである! 


嘘である!

にゃはは。本当は図書委員でーす。壁新聞担当! でも、学園イチの情報通とは私のことよん!

噂話から真実の報道までなんでもリサーチ! 情報はおまかせっ!

『ツァラトゥストラかく語りき』河出文庫、佐々木 中 訳

2015年8月10日初版発行

菅原ひとみが選んだ最もあたらしい翻訳のツァラトゥストラ。

雰囲気的に「さん」付けで、愛称は『ツァラさん』


※作中の引用は2015年8月10日初版による。


『ツァラトゥストラ』(上・下) 光文社古典新訳文庫、丘沢 静也 訳

2010年11月20日初版発行

早乙女れいかのペアブック。現代風に再翻訳された読みやすさに定評のあるツァラトゥストラ。

愛称は『ツァラちゃん』


※作中の引用は2010年11月20日初版第1刷による。


『ツァラトゥストラ』中公文庫、手塚 富雄 訳

昭和四八年六月一〇日初版発行

小早川栞理が見出した、なかなかハードめの翻訳。硬質な日本語に浸りたい向きにはおすすめ。

無理やり決められた愛称は『ツァラ殿』


※作中の引用は第八版による。


栞理幼女バージョン (NEW!)

栞理 兄(NEW!)

ナレーター役の四天王その壱(シルエット)

なんと! ファンアートですって!

先輩方をGoogle+の黒にゃんこ  naduki ari さん が書いてくださいました! ワーイ(∩´∀`)∩☆

表紙ッ!

本作のキャラクターデザインおよびイラスト(の大半)は著者の敬愛する「しんいち」師匠の手によるものです。

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