『肉体を軽蔑する者たち③~冷静と情熱のあいだの図』
文字数 2,400文字
肉体を軽蔑する者たち編最終回である。
なぜか肉体の部分的に軽蔑されていると思い込んでいた菅原ひとみと、彼女をなだめつつ話を進める二人の先輩、小早川栞理と早乙女れいか。
目の前に置かれた100年前の書物が語りかけてくるメッセージを、うまく彼女たちは受け止めることができるのだろうか?
肉体を軽蔑する者たちに一言いおう。彼らは軽蔑する。が、それは何かを尊敬すればこそである。では、尊敬と軽蔑、価値と意志を創造したのは何か。
創造する「自己」こそが、おのれのために、尊敬と軽蔑を創造した。快楽と苦痛を創造したのだ。創造する肉体は、おのれのために、精神を創造したのである。みずからの意志の手先として。
「ツァラさんってば本当に表現クドイですよね……。『肉体を軽蔑する者』ってなんどもなんども……。しつこい男は嫌われますよねー」
「恰好をつけて言い換えている気もするが。単に『神を信ずる者』とは大人の事情で言えなかったのかもしれないな」
「ひゃー、隠語~!大人の事情~☆ おいんごぼいんごー♪ ////」
「ひとみ君は最近は2回に一回ぐらいわけのわからないことを言っていないか……?」
「まあいいのだが。これは隠語というか用語だな。確かに同じ言葉を連続で使う傾向があるよな、ツァラ殿は。現代の出版社に持ち込んだら同一表現の多用で校閲ガールにしかられそうではある」
「いいですよねー、校閲ガール♪ ギョーカイ人ってちょっと憧れちゃいます!」
一見、栞理がたしなめているように見えるが、実はタイトルを聞いたことがあるだけで内容を知らないのだった。
詳しく語れないために話を軌道修正した模様である。
「ともあれ、ひとみ君的にはここで言ってる事は理解できているのかな?」
「ぎく! ちゃ、ちゃんとよんでますよぉー
ええっと……つまり……」
と言いながら先ほどの文面を指で追い読み直すひとみだった。
「ほんと暗号みたい……えーと……ゲンダイ語にすると~」
「『神さま好きっ子さんにヒトコト言わせて! 軽蔑するってことは、何かを尊敬してるってことよね。で、そういう下に見たり上に見たりすることを発明したのはだあれ?』 ってこと、ですか?」
「おお、すばらしい、その通りだ。つづけてみてくれ」
「ええっと、その次は……うーんと
『創造する【自己】さん、つまり肉体さんが、自分のために尊敬とか軽蔑とかって価値観や気持ちを、つまり精神をつくったのよ。肉体の手先として、ね』
ってことです、よねえ?」
「自信なさそうだな、いいじゃないか。ほぼその通りだとおもうぞ?」
「精神が肉体を作る。わけではなくて、肉体が精神を作る。ということを言っているのですわね」
「健全な精神は健全ななんとやらに宿るというやつだな」
「ツァラさんがけなしている人たちって、あんまり健全じゃなかったのですかねぇ?」
諸君、肉体を軽蔑するものよ。諸君の愚考と軽蔑においてさえ、きみたちはみずからの「自己」に仕えている。言おう。諸君の「自己」そのものが死のうと欲しているのだ、生に背をむけているのだ。
「これも用語、ですわね。
さきほどのもそうですけれど、自己を『ゼルプスト』と読み替えると意味がわかりやすい気がいたしますわ」
「ついでに『肉体を軽蔑するもの』を、なにか適当な用語に置換してもいいかもしれないな」
君たちの「自己」は、もっとも欲すること――おのれ自身を超えて創造することができない。それが「自己」のもっとも欲すること、その情熱のすべてであるのに。
「ええと、神の信者の自己は、自分自身を越えていけないと言っているのですわね。それが、自己の欲しいものだというのに。と」
「ちゃんと理解して読んでいるのかな?
神の信者にはその情熱がないといっているようだぞ?」
だがもう遅い――だから君たちの「自己」は没落しようとする。諸君、肉体を軽蔑するものたちよ。
諸君の「自己」は没落を欲している、だから肉体を軽蔑するようになったのだ。君たちはもう、みずからを超えて創造することができなくなっている。
「病気の人はまだ治る可能性があるから良いとして、自己自身が没落しようと欲している者たちは、もう、自分を越えて成長していこうとはしない、ということか」
だから君たちは生と大地にむかって憤怒する。君たちが軽蔑するときの白眼視には、無意識の嫉妬がある。
「成長したくない人たちは、生命や大地を嫉妬しているってことですわね」
わたしは君たちの道を行かない。肉体を軽蔑する者たちよ。わたしにとって、諸君は超人へと架かる橋ではないのだ――。
「流れ的にうまくまとめてくれるかと思ったら……、こんどはなんだ?」
「解決のーてん……じゃなくて怪傑ズバットのエンディングですー」
「前回も言ったが、いくらなんでも古すぎじゃないか?」
「まあ良いではありませんの。それで、ここではまた、表現を変えて決別の宣言をしたわけですわね」
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