『読むことと書くことについて』①

文字数 2,853文字

幾度(いくたび)か話題に上っているため読者諸君は既にご存知のことと思うが、ツァラトウストラはけっこうクリエイター贔屓なのである。物事や物語を作り出す者は持ち上げ、そうでない者はこき下ろす傾向があるようだ。

今回のエピソードはそのまま、『読むことと書くことについて』である。

ずばりその点についてツァラトウストラ自身がどう語っているか、少女たちとともに掘り下げてみることとしよう。

 すべての書かれたものの中で、わたしは血で書かれたものだけを愛する。血で書け。ならばわかるだろう、血が精神であることを。
「うひゃー! 血で書けですって!!」
「命令形ですわ。ひとみちゃん、やってみます?」
「嫌ですよぉ」
「といいつつその赤インクは何だ?」
「血の色にするとちょっと格好いいかなっておもいまして。てへへ」
(中二病か……)


「色だけ真似てもなあ」

 他人の血を理解することはたやすくできることでは無い。私は読んでばかりいる怠惰なものを憎む。

 読者とはどんなものかを知れば、もはや読者のために誰も何もしなくなる。一世紀もこのような読者ばかりがつづくなら――精神そのものが悪臭を放つようになる。

「うっひゃー、読者さまめっちゃDISってますねぇ」
「読者あっての作者なのだろうが、こういう毒舌がまたニーチェなのだろうな」
「著者も読者も、お互いに感謝しあうことが大切ですのにね」
「ですです! ほんとです!!><」

 万民が読むことを覚えるということは、長い目でみれば、書くことだけでなく考えることも損ねてしまう。

 かつて精神は神だった。それは人間になった。今や賎民にまでなりつつある。

 血と寸鉄のことばで書く者は、読まれることを欲しない。暗唱(そら)んじられることを欲する。

「識字率の向上は文化の押し上げにとても役立ったときいておりますけれど」
「しかし、読むことばかりを覚えると、自分で考える能力を損ねる。といいたいのだろうな」
「書いてあることだけを信じて自分では考えなくなってしまうのですわね」
「そのあたりが、『かつて精神は神だった~』のくだりかもしれないな。クリエイトする能力がある精神はかつては神だったが、いつしか印刷や出版技術の進歩で人となり、ついには賎民にまでその精神は落ちてしまったということか」
「クリエイター精神 イズ 神(ゴッド)!!」
「いや、だから、それが地に落ちたといっているのだよ」
「むぅ~」
「そういう神さまが書かれたものは読まれることを欲しないんですってよ? ひとみちゃんは誰にも読まれなくてもいいのかしら?」
「むみゅぅぅ~。それも困るですぅ~」
「このあたり、少々わかりにくい気がするな。すこし整理しておくとしよう。」

「作品の作り手が自分自身で、ただただ作るのは神の行為かもしれない。

 だけれども、人に読まれたいという欲求優先で作品を作ること、そして、その作品を見た受け手が自分で考えることを放棄してしまうこと。

 それを賎民の行為として蔑んでいるのだろうな。

 そうした行為が蔓延することで、万民に対して単なる『ウケ狙い』の作品が蔓延して、また、それを支持する層が増えて、どんどん何も考えない人が増え、何も考えていない作品が増えてしまう。

 この悪循環をさして、精神が悪臭を放つ。といっているのだろうな」

ニーチェの時代からすでに一世紀の時が流れている。諸君らの精神は悪臭を放ってはいないだろうか?

自分の匂いにはなかなか気が付かないものである。

よく確認してみることをお勧めしよう。

「あくしゅうぅ(´・д・`)ヤダ~。ぶしゅ~」
「あらあら、ひとみちゃんのお話は匂ったりしませんわよ」
「でもでも、先輩たちに読んで欲しくって書いたんですよあれ……」

「承認欲求というやつか、だがそれも今の段階では悪いことじゃない。

 ただそれだけの、受け狙いだけで書いたわけではないだろう?」

「だけってことはないですけど……。

 やっぱり楽しかったから?」

「そう、それがツァラ殿のいうところの『血と寸鉄』で書いたことなのじゃないかな」
「えー、血を出すのべつに楽しくないですよお」
「うふふ、でも、意外と楽しかったんでしょう?」
「うーん、まあ、ちょっとは、かな?」
(おいおい)
『マズローの欲求5段階説』について
「ちょっと余談になってしまうが、君たちは『マズローの欲求5段階説』というのは知っているかい?」
「よっきゅん五段イカ?」
「なんだそれは」
「欲求5段階説? いいえ、存じませんわ」

「すこし関係がある気がするので、解説しておこう。

 まずはこの図を見てほしい」

https://www.motivation-up.com/motivation/maslow.html より
「マズローは人間の欲求というものはこのピラミッドの一番下の第一階層から、段階を追って、満たされるごとに階段を登るように上へ向かって行くという説を唱えたんだ」

「第一階層の『生理的欲求』は、生きていくための基本的本能的な欲求だ。

 食べたい、飲みたい、寝たいとかだな。

 この欲求がある程度満たされると次の階層『安全欲求』を人は求めるようになる。

 第二階層の『安全欲求』は、安全・安心に暮らしたいという欲求。ここらへんまでは衣食住というやつだ。

 その上に第三階層『社会的欲求』がある。これは、家族や仲間、友達が欲しいという関係性の欲求。ここまでは自分の外側に向かった欲求という意味で、低次の欲求と言われている。

 そして、その上に進むと、内側に向かった高次の欲求になり、『尊厳欲求』と『自己実現欲求』というのがある」

「第四階層の尊厳欲求承認欲求ともいわれていて、他者から認められたい、尊敬されたいという欲求だ」
「!!」
「そう、さっきのひとみ君の言った、僕らに読んで認めてほしいという欲求だな」
「仲間に入りたいとかお友達になりたいという欲求は第三階層『社会的欲求』ですわね」
「そのとおりだ」
「そして、第五階層『自己実現欲求』。これは、自分の能力を引き出して創造的活動がしたい、とかいった、最上位の欲求なのだな」
「そうしますと……?」
「さっき、僕がこの段階では承認欲求も悪いことじゃないといったが、ひとみ君の場合は、それを満たしたうえで、第五階層の『自己実現欲求』にまで進んでいるというわけだ」
「!!」
「すっごいじゃない!!」

「え? え? 褒められてます? もしかして!?」

「そのとおりだ。喜んでいいところじゃないかな?」
「もう、はっきり褒めてあげればいいですのに」
「えへへへ、わーい!!」
「はははは」
「実は、僕はツァラ殿の言う『超人』を読み解くヒントがこのあたりにもあるかもしれないと思っているんだ。今後またこのピラミッドを参照することがあるかもしれない。いちおう頭の片隅にでも覚えておいてくれたまえ」
「はーい!」
「わかりましたー(`・ω・´)ゞ」

余談の余談であるが、マズローはこの五段階のさらに上にもう一つの階層があると晩年に唱えたのだそうだ。


その段階の名は『自己超越』と言う……。

<つづく>
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登場人物紹介

敬聖学園図書委員。菅原《すがわら》ひとみ です!

明るく元気な一年生! たまに騒ぎすぎて先生に叱られてます。

うちの学園の図書室ってすごい大きいんです。礼拝堂の裏にある4階建ての建物が丸々「図書館」なんですよ。すごいよね。地下室もあるって噂もあったりして。

小早川栞理《こばやかわ・しおり》と申します。

何やら図書室の主だとか超能力者だとか名探偵の生まれ変わりだとか……。

色々と噂されているようですね。その上、二重人格だとか……。

ーーー

ふん、この切り替えは意図してやっていることだ。他人にどうこういわれる筋合いはないな。


(親しい人の前では男っぽくなります。その理由は本編をどうぞ)

早乙女《さおとめ》れいか です。

自他共に認める栞理の大親友。栞理のいるところれいかあり。

栞理の頭脳と我が家の財力があれば、大抵のことはなんとかなりますのよ。


押忍! ワガハイが新聞部部長、柏野《かしの》ようこである! 


嘘である!

にゃはは。本当は図書委員でーす。壁新聞担当! でも、学園イチの情報通とは私のことよん!

噂話から真実の報道までなんでもリサーチ! 情報はおまかせっ!

『ツァラトゥストラかく語りき』河出文庫、佐々木 中 訳

2015年8月10日初版発行

菅原ひとみが選んだ最もあたらしい翻訳のツァラトゥストラ。

雰囲気的に「さん」付けで、愛称は『ツァラさん』


※作中の引用は2015年8月10日初版による。


『ツァラトゥストラ』(上・下) 光文社古典新訳文庫、丘沢 静也 訳

2010年11月20日初版発行

早乙女れいかのペアブック。現代風に再翻訳された読みやすさに定評のあるツァラトゥストラ。

愛称は『ツァラちゃん』


※作中の引用は2010年11月20日初版第1刷による。


『ツァラトゥストラ』中公文庫、手塚 富雄 訳

昭和四八年六月一〇日初版発行

小早川栞理が見出した、なかなかハードめの翻訳。硬質な日本語に浸りたい向きにはおすすめ。

無理やり決められた愛称は『ツァラ殿』


※作中の引用は第八版による。


栞理幼女バージョン (NEW!)

栞理 兄(NEW!)

ナレーター役の四天王その壱(シルエット)

なんと! ファンアートですって!

先輩方をGoogle+の黒にゃんこ  naduki ari さん が書いてくださいました! ワーイ(∩´∀`)∩☆

表紙ッ!

本作のキャラクターデザインおよびイラスト(の大半)は著者の敬愛する「しんいち」師匠の手によるものです。

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