『プロローグ2』~ それは一週間前 ~ 【隠れた面と隠された本】
文字数 4,284文字
──これは、『
プロローグ1』よりさかのぼる事、およそ一週間前の出来事である。──
図書委員の
菅原ひとみは、気になる人がいる。
(と言っても、男性でなくて女性なんですけどね……)
敬聖学院は女子校だ。ひとみは併設の中学校からエスカレーター式に高校へと上がってきたので、もうかれこれ四年は異性との出会いがない。教頭先生の通称おハゲさんと用務員のおじさんほか、数名の先生と、あとは実家で暮らすお父様に弟が彼女の知る生きた男性のすべてだった。
(もちろん、イエス様は心の中に生きてますけどね!
あーぁ、でもこのまま一生恋もしないまま神に身を捧げちゃうのかしら。なーんて、すこーし憂鬱だったりもするけど……。でも、いいの。愛しい人の横顔を遠くからでも眺めていられれば……。)
二年Aクラス
小早川栞理である。
いつも図書室の窓際で読書をされている。
その姿を、ひとつ屋根の下、というか同じ図書室のカウンターの裏側から見ているだけでひとみは幸せだった。
(でも今日はいらっしゃるのが遅いみたいね。いつもならあの席でもう読書されているのに。
いいわ、それまで、先週栞理お姉さまが借りていった本を眺めていましょうっと)
先日栞理先輩が図書室から借りていかれた本は、
『この人を見よ』という本。
ちょうど閉架を整理していたタイミングだったので、同じ本を見つけてこっそりカウンターに持ってきていたひとみだった。
「お客様が直接触れない閉架に入っていたってことは、版違いの古い方の本がこれなのかしら?」
つぶやきつつ本をひっくり返すひとみ。
そこには、ニーチェ著『この人を見よ』と書かれている。
そして、閉架扱いなだけでなく○禁のマークのシールが貼られていた。
「そう、それは閲覧禁止マークね。地下室の蔵書がなぜそこにあるのかしらね」
噂をすれば影? じゃないけれど、ちょうど彼女のことを考えていた時に栞理先輩が現れ、ちょっぴり挙動不審に陥るひとみだった。
「ふふふ、ごきげんよう。この本、返却なんですけど……」
「あっ! はっ! はい! ご返却ですね。まいどありがとうございますなのですっ!」
「この本にもね、ほら、禁書のマークがありましたよ……」
そう言って背表紙を指し示す栞理先輩。
たしかにひとみの手元の本と同じシールが貼られている。
しかし、タイトルは同じでも、作者は違っていた。栞理先輩のほうの本はマイケル・ムアコック著とある。大きな十字架が描かれた表紙には自慢げに「ヒューゴー賞受賞!」とびっくりマーク付きで書かれている。どうやらSFの本のようだ。
「あ、あら、禁帯出本を貸し出すなんて、だ、だめですね。だ、誰がやったのかしら?」
「何を言っているの。わたくし覚えてましてよ。先日あなたが貸し出してくれたのでしょうに。わたくしの顔のほうばかり見て本をちゃんと見ていなかったのかしら?」
「ご自分の失敗を人のせいにするのはいけませんわねぇ」
(栞理先輩に覚えて貰うのはうれしいけど、こんなのやだー、はっずかしい!!)
「わたくしとしては、この本もなかなか刺激的で面白かったですけれど、そちらの、あなたのお手元にある本を次に借りたいのですけど、よろしいかしら?」
「えっ! だ、だめですよ! これって禁帯出本ですし、閲覧も禁止の本じゃないですか」
「あら? それを先日貸し出してくれたのはどこのどなたでしたっけ?」
「まだるっこしいわね。ちょっと失礼してキャラかえますよ」
「僕の目に間違いが無ければだが、そのカウンターの本はニーチェ版の『この人を見よ』だよな。もともとはそっちを借りたいと思っていたのだ。ちょうど良い。貸してくれ」
「えっ! ええっ! 栞理先輩! バグってますよ! いったいどうしちゃったんですか!?」
声のトーンが一気に一オクターブは低くなり、表情もなんだか変わった気がする。
「失敬な。解離性同一性障害などではない。これはあくまでモードの変化だ」
「去年の学園祭で栞理がホームズの役をやったお芝居、貴女ごらんになってない?」
中学の学園祭は離れにある中等部で行われ、何度もくりかえし歌うことになる聖歌の披露や、お客様のご案内などのご奉仕に振り回されて、あまり先輩方の出しものを見にいく余裕はなかったのだ。
「あら残念。素敵だったのにー。栞理がキリリと男装してね、もうとってもカッコイイの。ばったばったと難事件を片付けて、学園の悪を一掃する大立ち回り! お客様にも大受けで大人気だったのよ」
「でしょでしょ! ハマり役だったわー。アレは伝説になったわね。ま、栞理の大親友たるこの私の発案なんですけどね!」
「嘘をつけ、君は『ロミオとジュリエット』にこだわっていたときいたぞ」
「えー? 栞理ったら、わたしとロミ&ジュリやってくれたわけ? わたしはそれでもよかったんですけどお?」
「い、いや、それは、ちょっと。すまなかった。ごめんこうむっておく」
「あ~あー、残念。あたしジュリエットでもよかったのになあ」
「えっと、それじゃあ、栞理先輩がホームズをされていたときは……」
「そ、わたしはワトソン役。あれはイマイチおもしろくなかったわねえ。まあ、栞理の引き立て役としては上手くいったと思うんですけどね」
「それでね、その役の練習やってたときに気に入ったみたいで、それ以来たまにホームズっぽくなるのよ、栞理ってば」
「君らもやってみるが良い。頭の回転が速くなるし、もっさりした女言葉でなく意思伝達も早くなる。一石二鳥だ」
「あ、そっか、それで! 栞理先輩は名探偵の生まれ変わりだなんて噂があったのはそのせいなんですね!」
「人の噂にもなんらかの根拠があるということだな。最近はもっと突飛な噂も流れてるそうだが……?」
「ちょっとね、攪乱しとこうと思って。メイワクだった?」
「きゃーー! クールでいても感謝の心を忘れない! そんな栞理が大好きっ!」
(うわあ、いいなあ。早乙女先輩ってこんなに愛情表現はっきりする人だったのね。ちょっとうらやましい……)
「さて、くだらない話はそのぐらいにして、話を戻そう」
(あはは、くだらないって言われて早乙女先輩ほっぺふくらませてる。か、かわいい!)
「図書委員君、君はこの本を僕に貸し出した時、僕の顔を見てなにやらニヤけていたと記憶している。どうせ『小早川先輩と同じタイトルの本、さっき閉架で見つけたからこっそり読んじゃおうっと、先輩と同じ本を同時に読めるなんてしあわせ~☆』とかなんとか程度の低いことを考えていたのだろう」
「それで大切な禁帯出のマークすら見逃していたわけだ」
「同じ事を、もう一回やってくれるだけでいいんだがね? どうかな?」
「い、いまここには私たち三名しかいませんけど、主は、マリア様はきっとご覧になっています。神聖な図書室で、決まりを破るわけにはいきません!」
「あの、情報通の図書委員を呼び出せるかな? 連絡先を押さえているかね?」
「あまりこういう手は使いたくないのだが……。残念だが仕方が無い。人の顔に見とれていて禁書を貸し出してしまう図書委員がいたと、真実を報道してもらうしかないようだ」
「うえええ!? そ、それだけはやめてください!!」
「と、言うことは? 真実を知らせないために君はどうするというのかい?」
執拗に貸し出しを迫る先輩。ひとみの心は大きく揺れていた。
それにしても、そこまでして読みたい本なのだろうか。もっと言えば、なんでこの本が閲覧禁止なのだろう。
禁止されている本の内容と、その内容を知りたがる先輩のことをもっと知りたいと、彼女の中の好奇心が大きくふくらみはじめていた。
「あ、あの、こういうのはどうでしょう?
閲覧禁止ですけど、本当はダメなんですけど、こっそり、館内で読んでもらうなら……」
「ふーむ、禁じられた本は自室でゆっくり読みたいところなのだがな」
「わたしだって読みたいですわ! 二人で読書会する?」
「図書館からもって出られてしまうと、なにか事故があったら、それこそ大変なことになっちゃいますよぅ~」
「館内と言っても、いつもの席では人目もあるしな……」
「これも、本当はダメなんですけど……。図書館員用のバックヤードなら、図書館の地下に、誰にも見られない部屋があります……」
「秘密の地下室か! それはグッドだ。秘密の読書会をするのにもってこいかもしれない。しかし、いったいどうしたのだ? 急に協力的になったようだが?」
「あの、わたしも、その本、読んでみたいのです。いったいどうして禁止されているのか、そして、栞理先輩がどうしてそんなにその本を読んでみたいのか興味がでてきてしまって……。その、見張り、じゃないですけど、その読書会にいれてくださいませんか?」
「ふふふ、いいだろう。禁書を手配するのも図書委員の手は借りたいと思っていたところだ。我々三人だけの、禁じられた秘密の読書会。楽しそうじゃないか。さっそく今夜より、まずはこの『この人を見よ』からだな」
「うふふ、地下室って噂でしか聞いたことなかったですから、興味ありますわ! たのしみね」
「ああ、主よ、好奇心という魔物にとらえられた、あわれなひとみをお許しください……」
(キャラをもどしてっと……)
(あらあら。羊ではなく瞳ですか、この子もなかなかどうして面白そうなキャラクターですね……。ふふふ、いろいろと楽しみになってきましたわ……)
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