第36話 応挙 家に飾りたい絵

文字数 759文字

 私が応挙を只者ではないと認識したのは、『雪松図屏風』だった。冬、降り積もった雪の重さに耐える緑の松。何年か前の国宝展で間近で見たのだが、本当に清らかで心が洗われるような気持ちになった。向かいは日本の至宝とも言える長谷川等伯の『松林図屏風』だったので、観客の殆どはそっちに集まりがちだった。そんなわけで私はほぼ一人占めで観ることができた。
 等伯の凄絶な松林図屏風にも圧倒されたが、応挙も負けてはいないと私は思った。秘められた情熱のようなものを感じた。雪の重さにじっと耐えて春を待つ松。白い雪から覗く緑は美しい。
 私の勝手な想像だが、応挙は生真面目な努力家のような気がする。どの絵も筆致が丁寧に感じるし、どの箇所も同じ熱量を持って描いている感じがするのだ。観る者が打ちのめされるような絵ではないのかもしれない。だが、好感が持てる安定した絵だ。応挙を嫌いな人ってあんまりいないと思う。今回の展覧会ではそれを強く感じた。『山水図屏風』は心の平衡が保たれている感じのする絵だ。平和で安らかな気持ちになる。『牡丹孔雀図』はゴージャスな作品。例によって丁寧に写実的に孔雀が描かれ、色合いは緑ベース、孔雀の羽根のラピスラズリ色が利いている。牡丹の白も爽やかでとても美しい作品。
 ちょっと変わっているなと思ったのは、『大瀑布図』だった。滝を描いているので縦長でかなり大きく迫力がある。まさに人が下から見上げる感じにしたかったのだろう。筆致がかすれたようになっていて、色合いが淡くパステルのようなのが、応挙にしては珍しいと私は感じた。これも気に入った。
 このCHELSEA日記の一番初めに書いたエッセイは「横櫛 家に飾りたくない絵」だったが、私にとって心が穏やかになる応挙は家に飾りたい絵だ。勿論、手に入るようなものではないけれど……。
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