夏至まつり800
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文字数 804文字
『彼が送りバントを成功させる確率』
著:小松メッシ
こんな話を聞いたことがある。
戦争をいちばん悪く言う人間は、実際にその戦争に参加した人間だ。
送りバントに失敗した打者を悪く言わない野球解説者は、現役時代バントのうまい野球選手だった解説者だけだ。
戦争の体験者は戦争の愚かしさを知っているし、バントの名手はバントの難しさを知っているからだ。
そう、戦争はよくない。
「だから、とりあえず出ててきくれ」
夫婦喧嘩という名の戦地にいる男が、ある扉に向かって語りかけていた。
決して気が触れたわけではない。
扉の向こうにいるであろう人物に向かって、話しかけていた。
「確かに、僕は今夜の君との約束を忘れていたけど」
でも、そうやって閉じこもって何もかもを拒否されたら、面と向かって謝ることもできないじゃないか。
今日は夏至で、夜に満月が出る予定だった。
アメリカでは夏至の満月を「ストロベリームーン」と呼ぶらしい。
彼女はおそらく、楽しみにしていてくれたのだろう。
戦争の原因は彼にあった。
「なあ」
何度呼びかけても、扉は沈黙を守っていた。
良い内野手だ、と彼は思った。
彼女はおそらく自分のベッドにうつ伏せになっていることだろう。
落ち込んだときの彼女の癖だ。
ふと廊下の窓を見ると、月が彼と扉を照らしていた。
今この瞬間、彼女も部屋の窓から月を見てくれたりしていないだろうか。
全く同じ時間に見ていれば、約束を果たしたことにならないだろうか。
いや、そんな奇跡は起きるはずもない。
彼は集中して扉の前に立った。
「ごめん」
野球経験のない彼にとってその謝罪は、バントの苦手な野球選手がチャレンジする送りバント程度の難易度だった。
それでも彼は扉の向こうにある気配に息をひそめた。
ボールの転がる音がした。
おわり
komatsu1229
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