永遠の主従
ロッキン神経痛
「また来たよ」
僕は彼女の亡骸に話しかける。
「今日は谷の向こうまで行ってきた。街が丸ごと水没してたよ」
森の奥。
屋根も崩れた瓦礫の城の中。
玉座に座る彼女の瞳に、僕の頭上の青空が映っている。
口元に笑みを浮かべたまま死んでいる彼女は、いつも以上に美しい。
僕はそのあまりの美しさに、今日も彼女が生き返ることを期待してしまい、そのあり得ない期待に自ら落ち込む。
「空を見ているんだね」
彼女の視線の先に視線を合わせる。
「今日は夏至だから、こんな時間でも太陽が出ているんだ」
返事は当然ない。
今度は期待もない。
僕は何の収穫も無かった代わり、摘んだ花で作った髪飾りを彼女の頭に乗せた。名前も知らない黄色い花。派手な色が好きな彼女は、気に入らないかもしれない。
「また明日も来るよ」
僕はいつものように彼女の手にくちづけをした。
明日も、明後日も、こうして僕は彼女の姿を見るためだけにここを訪れるだろう。彼女の居なくなった冬から、僕にとってはそれだけが生きる意味になったのだから。
『真っ赤な薔薇の花が良いわ』
唐突な声。
その声に僕は、くちづけをした手を握りしめたまま震えるように顔を見上げた。
そこには昔のように、気高くて派手好みで、そして美しい彼女の姿があった。
『それも埋もれるくらい沢山よ』
「分かった、必ず用意する。世界中を駆け回ってでも必ず!」
彼女は、いじわるそうな微笑みを僕に向けたように思う。
短いビープ音が三回鳴り、美しい彼女は瞼を閉じた。
間接のモーターが力を失い、椅子で居眠りをするみたいな格好で彼女は眠る。
きっと太陽の光が彼女の予備電源に仮初めの命を与えたのだろう。
「愛してる、心の底から」
彼女の輪郭が夜の闇に消えるまで僕は――
森の奥。
屋根も崩れた瓦礫の城の中。
真っ赤な薔薇のベッドで眠る美しい女と、その手を握ったまま動かない錆び付いた機械の姿があった。
森は静けさという檻の中に彼らを迎え入れ、彼らの物語は永遠となった。