夏至まつり800
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あなたに見えて、私に見えない。 梁根衣澄
何も入っていないバケツの中に、去年から残しておいた手持ち花火とペットボトルの水を入れて、私は町はずれの丘を登った。19時を過ぎ日の入りを迎えても、辺りはまだぼんやりと明るい。ふと思い立ち空を見上げてみれば、オレンジ色と紫色のリボンが空の一端を淡く彩っていた。 もうすぐ完全に暗くなる。そうしたら、この花火に火をつけて、心に残った思い出ごと綺麗に燃やしてしまおう。きっとその方が、あなたも喜ぶだろうから……。
空は藍色に染まり、お別れの時が近づいてきた。
私は、なるべく平坦な場所を見つけて、着火用のろうそくにライターで火をつけた。そよそよと吹く生暖かい風が周りの木々をざわめかせ、つけたばかりの火を攫っていく。消える前に、すべて燃やさないと。 バケツに水を注いで、遠慮がちに揺れる小さな炎にそっと花火を近づけると、色とりどりの光が咲き乱れ、暗くなってきた丘を明るく照らした。……が、数秒も経たないうちに、辺りはまた夜の闇に包まれてしまった。どうやら、火薬が湿気っていたようだ。 しかし、そんなこと気にしていられない。次々と花火に火をつけてはバケツに突っ込む作業を繰り返し、一瞬咲いてはすぐに消える過程を眺めていると、いつしかバケツの中は使用済みの花火でいっぱいになった。手元には、くたびれた線香花火だけが残っていた。 私は、小さくなったろうそくの前にしゃがみ込み、残りの一本を見つめた。これで最後、これが燃え尽きたら、あなたのことを忘れられる。
だからどうか、安らかに。
線香花火に火をつけると、初めはためらいがちに、やがて何かがあふれ出すようにオレンジ色の炎が爆ぜた。さっきまでの手持ち花火とは違い、格段に長い時間燃えている。
――君は、線香花火が上手だからね。
結局、線香花火の炎が消えても、思い出は心に残ったままで消えることはなかった。
だけれど、燃え尽きる間際、炎の中にかすかに微笑むあなたの姿を見た気がした。
harine428
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