夏至まつり800
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文字数 863文字
『モルグの舞踏会』
著:オノデラヒカリ
小高い丘、集落の寄合所で毎年恒例の夏至祭がはじまった。集落の人々にとって短い夏の訪れを祝う大切な行事だ。
「おめでとう、マイハニー」
「ママ、パパ」
花冠を授けられた少女は太陽のなかを飛び跳ねた。
「まあ」
楽隊が奏でるミュージックに合わせ人が揺れ動く。
“悪霊がでるぞ! 悪霊がでるぞ!”
少女が陽気にステップを踏むと、花弁が幾重にも散った。そのたびに細いばかりの足はしなやかに、遠くへ、さらに遠くへ駆けていきたいのだと躍動していく。夏至祭を飛び出した少女は、眼下の先に広がる湖畔をみつけ、ゆるやかに足を止めた。
水平線の交わりでは夕陽のオレンジに濃く深いブルーが塗られている。漆黒はもうすぐ少女を覆い隠す。
少女はひゅっ、と息を吸い込んで
「どこにいるのお」
と自身の声を張り上げた。
どこにもいない。誰もいない。森のざわめきが答えのだろうか。強い風に少女は思わず背中を押された錯覚に陥る。
「だれっ」
振り返った少女は自身の呼吸のリズムの浅さに気づく。生暖かい風を感じたまま、じっと何もない場所をにらんだ。すると、さっきまでの静けさから一変、闇夜の向こうで楽隊の演奏が聞こえはじめた。
“昔、魔女が死んだんだ ここで魔女が死んだのさ”
わあっという歓声とともに、森が赤く染まる炎が生まれた。祭りがフィナーレに近づいているようだ。少女はこわばりを残したまま、まだ何かを見つけようと大きな瞳を左右に動かしている。次第にはっきりと熱量を持った炎が、暗い湖の底にも届きそうなことを知った。
いっそう大きく息を吸い込むと少女は
「おめでとうございます」
と誰ともなくお祝いの言葉を発した。何度も、何度も。強く。
少女は花冠を湖に手放すと、花冠が深く沈んでいった気がした。
少女は踵を返し、人々の群れに戻っていく。少女に恐怖はない。炎に照らされた少女の影が、人々の影が、躍っている。誰のものとも分からない夜がいずれ明けるだろう。
tony7351
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