『雨、台所、わたし』
作:かれどー
私はこの雨が終わる時を夢見ていた。
その日は午後を過ぎても雨だった。
いつから降っているのか分からないし、いつ終わるのかも分からないけれど、雲にフィルタされた光は蛍光灯のように冷たく、曇りガラスを通ってこの台所へずっと降り注ぐ。
ガラス戸を開けてみると、さあさあと音だけは立派な雨音が聞こえてきた。
それはまるで音響装置のホワイトノイズのように一定の音程で台所を満たしたが、でもそれでも、何らかの情緒も文脈ももたらしはせず、ただ薄明かりと同じように意味も無く私の台所を埋め尽くそうとした。
……私は無意味に埋め尽くされることを抵抗するように、わざと盛大なため息をつき、シンクの蛇口をじっと見て、蛇口をひねり、水を出すことを想像し、そしてその蛇口の中を思った。
暗く汚く錆の付いた管を通り、いくつかの人工的な構造物を超え、大きな川に溶け、小さな支流に迷い、渓流を通り岩の隙間をすりぬけ――水源を旅する夢を見た。
だがそれも一瞬で、いつか何かで見た森林の広葉樹の露にまで想像が辿り着いたとき、終わりに気がつき……今度は自然にため息が漏れた。
テーブルの一輪挿しを見た。深い緑がかっていて、上のほうは淡いクリーム色した織部焼きの一輪挿しが、真っ暗な口を覗かせている。
私はこの世界を愛していた。キッチンは私の空間だった。私はここで私となれた。私はここで母になれた。子供に食事を作り、テレビを見、夫とうたた寝をした。
あるいは私は感情に流され、何かべつのものになることもできたのか。
光とさあさあと降る雨音は、思考をずっと邪魔しているような気がした。
私は奇跡を待った。
さあさあと降る、雨の終わるその瞬間を夢見ていた。
だが私は首を振った。叫びたくなった。でも黙ったままテレビを付けた。いつもの私にいつものテレビが、今日は夏至、昼がいちばん長い日だと告げた。
夏至今日と思ひつつ書を閉じにけり/高浜虚子