『誤差の範囲――ぼくらのゆかいなマイティ・チャック――』
作:舞神 光康
「誤差みたいなもんだろ」
その発言で会場は静まり返った。
声の主はマイティ・チャック、筋骨隆々という言葉が相応しいビーバーの大男だ。
舞台上ではウサギのルー・リンダがアルビノの目を更に真っ赤にして泣いていた。
今日は夏至の夜にげっ歯類たちが集まるゲッシゲシ祭りの第1回目なのだ。
夜の捕食者たちに怯える動物たちが一同に会し、歌い踊りカジりまくる。
メインイベントは売れっ子歌手ルー・リンダによるパフォーマンスだ。
白く美しい体躯、たっぷりとした胸の毛並み、妖艶な赤い瞳。
雌雄関係なく虜にしてしまう歌声。
彼女の参加が決定した時、森がひっくり返った。
舞台上に照らし出されたルーの白さに反射し、会場全体が眩しさに包まれた。
彼女の歌は空へ響き、夜が迫る森を照らす。
一曲目が終わり鳴りやまぬ拍手をやっと制したルー。
タイミングを見計らったようにエゾリスのカーラが立ち上がった。
「みんな聞いて、ウサギはげっ歯類ではないわ!」
その言葉に会場がどよめく。
「ウサギがげっ歯類ではない? 仲間じゃない」
小さな体の彼らにとっては仲間かそれ以外かは非常に重要な問題なのだ。
カーラの投げた小石はゆっくりと波紋を広げ、敵意という形でルーに向けられる。
年若いルーにとって、多くの目が怒りを孕む瞬間は恐怖でしかなかった。
ルーはとうとう涙を流し、その姿をカーラはほくそ笑んで眺めていた。
「誤差みたいなもんだろ」
マイティの落ち着き払った声にげっ歯類たちは我に返った。
「俺は歌が聞きたくて、ここへ来ている」
森の英雄マイティ・チャックはゆっくりと壇上へ上がった。
「お嬢さんもう一曲歌ってくれるかい?」
英雄は頭を下げ、彼女にだけそっと微笑んだ。
ルーは歌った。
月さえも彼女だけを見ている。
歌い終えて倒れ込むルーをマイティは支えた。
「誤差みたいなものよ」
ルーは噛むような甘いキスをして欠けた月へと帰っていった。