「僕と狸の死体。」枕くま。

文字数 852文字

「僕と狸の死体。」(著者:枕くま。)


 夏至の朝のことだった。

 歩道橋の前に、一頭の狸が死んでいた。

 飛び出した腸は干乾びて、見開かれた目は落ちくぼんでいる。僕らは朝からげんなりしてしまった。ここを通らないと、小学校に行けないのだ。

 狸はもう3日も放置されていた。誰も役所に連絡しないのだろうか。

「もしかしたら、俺達が見てない間に動いてるのかも」

 お兄さんが言う。皆は笑った。

「嘘だ。動けるはずないよ」

「狸は人を化かすって言うだろ? ほんとの所はこの眼で確かめないと判らないんだ」

 

 その夜。

 僕はお兄さんの言ったことが気になってしまい、眠れなかった。

 僕は居てもたってもいられなくなり、こっそり家を抜け出すことにした。

 

 深夜に一人で外に出たのは初めてだった。

 

 僕は道の真ん中を歩いた。

 夜空には、星が瞬いている。水の入った田圃に、大きな丸い月が映っていて、とても綺麗だった。風が吹く度、雑草がかさかさと乾いた音を繋いでいく。胸の奥がざわざわした。

 

 やがて、あの歩道橋の前に到着した。

 夕方には、狸はまだあの場所にいた。今もまだあそこにいるはずだ。

 街灯がないので、辺りは真っ暗だった。いくら目が慣れてきたとはいえ、狸を見るには近付かなくてはならない。僕は怯える心に目を背けて、じりじりと国道沿いを歩んだ。

 

 すると、歩道橋の前に死んだ狸の輪郭がぼんやりと見えた。

 ほっと気を抜いた時だった。

 影が、もぞりと動いたような気がした。

 僕は、思わず目を見張った。死んだ動物が動くはずない。しかし、影はうぞうぞと蠢き、やがて四本足で立ち上がった。

 

 そして、光る両目で、僕を見た。

 

 わ!

 

 僕は悲鳴を上げて尻もちをつく。突いた右手に痛みが走る。

 

 狸はただじっと怯える僕を睨んだ。そして、ヌッと赤い舌を出して見せた。それが僕には、悪戯の成功した子供の姿に見えた。

 

 目を覚ますと、僕は布団の中にいた。夢だったのか。起き上がろうとすると、右手に痛みが走った。見ると、どこかで擦り剥いたような痕がついていた。

2018/06/21 19:46

makurakuma

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