「僕と狸の死体。」(著者:枕くま。)
夏至の朝のことだった。
歩道橋の前に、一頭の狸が死んでいた。
飛び出した腸は干乾びて、見開かれた目は落ちくぼんでいる。僕らは朝からげんなりしてしまった。ここを通らないと、小学校に行けないのだ。
狸はもう3日も放置されていた。誰も役所に連絡しないのだろうか。
「もしかしたら、俺達が見てない間に動いてるのかも」
お兄さんが言う。皆は笑った。
「嘘だ。動けるはずないよ」
「狸は人を化かすって言うだろ? ほんとの所はこの眼で確かめないと判らないんだ」
その夜。
僕はお兄さんの言ったことが気になってしまい、眠れなかった。
僕は居てもたってもいられなくなり、こっそり家を抜け出すことにした。
深夜に一人で外に出たのは初めてだった。
僕は道の真ん中を歩いた。
夜空には、星が瞬いている。水の入った田圃に、大きな丸い月が映っていて、とても綺麗だった。風が吹く度、雑草がかさかさと乾いた音を繋いでいく。胸の奥がざわざわした。
やがて、あの歩道橋の前に到着した。
夕方には、狸はまだあの場所にいた。今もまだあそこにいるはずだ。
街灯がないので、辺りは真っ暗だった。いくら目が慣れてきたとはいえ、狸を見るには近付かなくてはならない。僕は怯える心に目を背けて、じりじりと国道沿いを歩んだ。
すると、歩道橋の前に死んだ狸の輪郭がぼんやりと見えた。
ほっと気を抜いた時だった。
影が、もぞりと動いたような気がした。
僕は、思わず目を見張った。死んだ動物が動くはずない。しかし、影はうぞうぞと蠢き、やがて四本足で立ち上がった。
そして、光る両目で、僕を見た。
わ!
僕は悲鳴を上げて尻もちをつく。突いた右手に痛みが走る。
狸はただじっと怯える僕を睨んだ。そして、ヌッと赤い舌を出して見せた。それが僕には、悪戯の成功した子供の姿に見えた。
目を覚ますと、僕は布団の中にいた。夢だったのか。起き上がろうとすると、右手に痛みが走った。見ると、どこかで擦り剥いたような痕がついていた。