「同じ空は見てないけど」藤沢チヒロ

文字数 822文字

夏至の夜といえば「ジャワ」に決まってる。我が家は昔からそうだったのだ。

ちなみに春分の日は「バーモント」、秋分の日は「ザ・カリー」、冬至は「クリームシチュー」。

ハウス縛りである。多分、何かと時節にかこつけて楽しむのが好きな母が考案したものだ。


夏至カレーは、季節の野菜をこれでもかと入れた辛口だ。

ナス、トマト、ズッキーニ、パプリカ。ルーだけで十分美味いのは知っていても、チューブ大蒜とか中濃ソース、粉コーヒーなんかを追加してしまう。肉は鶏手羽元。付合わせには甘酢漬けの茗荷が定番。


今年の夏至カレーは、初めて自分だけのために作った。故郷から3000キロ離れた島に俺はいる。

皿に盛り付け、さあ食べようという段になって、ふと妹にLINEを送った。


「夏至カレー今から食う」


1分ほどして返信が来る。


「こっちは雪が降ってるよ」


そう、妹はここからさらに4000キロも南下した国へ嫁に行ったのだ。


「そっちは冬至か」

「うん。けどカレンダーには『夏至』…“summer solstice”って書いてある。夏至って昼が一番長い日じゃなくて、太陽が一番北から昇る日ってことみたい。それはこっちもそうなんだよ」


俺はシロクマが『へ~』って言ってるスタンプを送る。


「だから、うちも今夜は夏至カレー。ルー取り寄せたよ」


カレー鍋と、腹の大きな妹の自撮り写真が送られてきた。


「きっと札幌で、お母さんも食べてる頃だね」

「だな」


俺が春からこの島に着任して、妹は去年結婚して家を出て、母はいきなり一人暮らしになった。


「お兄ちゃん、たまには電話しなよね、実家」


「あー」

『りょ』というスタンプ。


もともと小さな家族はバラバラに分かれて、日の昇る時間も季節も違う場所にいて。

同じ空は見ていないけれど、同じカレーを食べている。


「いただきます」

仕上げに黒こしょうを多めに挽いて、そうだ、島唐辛子もかけてみるか。


これは、相当辛い…でも美味い。

スプーンを動かす手がとまらない。

明日の尻の心配は、明日しよう。


2018/06/22 08:27

CHIHIRO_F

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