夏至まつり800
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街の灯
海野しぃる
2018年6月21日の札幌は雨のち曇り。
季節にそぐわぬ涼しさだ。
「ねえ、今日はどこのお店に行くの?」
僕の隣を歩く女性は楽しそうに僕に尋ねる。
眼鏡をかけたデキるキャリアウーマン風の出で立ちだが、それとは不似合いに優しい瞳は間違いなく僕に向けられているものだ。
「良いところですよ」
「隠しているの? この辺りのお店となると結構通ってるけど……」
「秘密です。でもびっくりしますよ」
そんな話をしながらしばらく歩くと、僕たちは札幌テレビ塔近くのビルの屋上にある喫茶店。
「あら、ここ?」
がっかりとまではいかないが、彼女は少し残念そうだった。
彼女がこの店を知っていることは僕も知っている。
「あっ、この店も来てたんですね? あはは、参ったな……」
「毎度驚かされても困るわ。それに私、このお店好きだもの」
「だったら良かった……あ、席予約しておいたんですよ」
だから知らぬ風を装って、店員さんの案内で予約していた席に座る。
彼女にお勧めのメニューを聞いたりしながら僕はその瞬間を待つ。
「……あら?」
長かった夏至の日が沈む。
街に無数の蝋燭の火が灯る。
雨上がりの札幌大通りの暗い街並みに、蝋燭の明かりが幾つも灯り、星空を切り取って貼り付けたような風景がひろがった。
「6月21日の札幌はキャンドルナイトだそうです」
店の灯りも消え、僕達のテーブルにも蝋燭が運ばれてくる。
「毎度驚かされたら困るわ……」
「えへへ……でも嫌いじゃなさそうかなって」
「そうね、結構好きかも」
彼女はそう言って、優しくほほえむ。
「あの……」
「あら、どうしたの?」
さて、もう一度驚いて貰おうか。
いや、この様子だと先のことはお見通しかな?
少し驚かせてみたところで、イタズラっぽく笑う彼女の掌の上で、結局僕は転がされ続けている。
まあ、それが好きなんだけど。
sealion
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