夏至まつり800
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・沈む日のさすこの夜に(ラブテスター)
「今日は楽しかったよ」
言ってから、借り物みたいな台詞に自分で呆れる。次の言葉を選ぼうとして、安っぽさをまた晒しそうで黙ってしまう。
「こちらこそ、お誘いありがとう。植物園なんて久しぶりだったな。まだ薔薇が残ってるんだね」
彼女が、沈みゆく日ざしに照らされて答える。
彼女の後ろに長く延びゆくホームの、ふしぎに誰もいないオレンジ色の背景のなかで、いつもの神秘的な表情がいっそう際だつ。
「今年は咲きはじめが遅かったから——」
そこでまた言葉に詰まる。折角二人きりなのに。とっくに夜のこの時間帯、帰宅ラッシュの混雑で会話さえままならなくてもおかしくない位なのに。
僕は、顔を上げてとおくを見遣る。高架にあるホームから見わたす街は、まだほのかに明るい。
そうだ——今日は、夏至だから。日の沈む間際のこの魔法のように美しい時間が、遅くて、長い。
「お話、終わり?」
彼女の声に我に返る。退屈させたかと焦って彼女の顔を見て、まだ微笑みがあることに救われる。
「もっと私に、何か、言うことはない?」
言葉どころか息まで詰まる。
ある。あるからだ。今日何度も言いかけて、うんざりするような陳腐な言葉を何度も呑み込んだ。
神秘的な、魅力的な彼女に似つかわしくない言葉が、自分が。空しくて、くやしくて。そして、
「この世界がもう終わるとして」
突拍子もない彼女の次の言葉に、面食らう。
「いえ、終わっているとして。何も言わなくて、後悔はない? 今この瞬間は、あまりに突然終わったこの世界を哀れんだ神様がくれた、なかった筈の夜の一刻の猶予。思いの強い人間だけを選んで、君が選ばれて。おめでとう。私もついでに復活できた。ありがとう——だから」
彼女が深く息を吸ったのが分かった。
冗談なんて言わない彼女の、突然の物語に僕の胸は衝き動かされる。
「僕は」
ああ、
「初めて会ったときから、君のことが」
陳腐だ。
でも、それでも、僕は——
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