第49話 葉菜の森

文字数 1,685文字

 宿題をすべて終わらせたあたしはひなちゃんに夏休み最後の日に会おうよとパソコンにメールを送信した。すると意外に早く返信が来て「ええよ」とのことだったので、明日会うことになった。別に夏休みの明けた明後日でもよかったのだけど、誰にも邪魔されずに最初から最後まで2人で会うのもこれが最後かなと思うとあたしは我慢できなくなっていた。

 朝早くにおかあちゃんとお父ちゃんを見送って、いつものように冷蔵庫をチェックして今夜の夕食を決める。チンゲン菜が残っていたのでこれを豚肉で炒めるかと決めて、シンク下を見て高野豆腐の煮物も作れば完璧だなと思い、掃除機をかける。そして時間になったら着替えておりいぶ公園に出掛ける。するとひなちゃんがすでにベンチに座っていて、あたしは「ひなちゃん、おはよう」と声をかけると「おはよう」とひなちゃんも笑顔で返事をしてくれる。何だかこの夏休みであたしたちの距離がさらに縮まった気がする。すごく嬉しい気持ちになる。
「宿題終わったのか?」とひなちゃんがあたしに聞く。
「昨日で終わらせたで。風景画も描けたし、今年の夏休みは完璧や」
「それはよかったなぁ。俺も今年の夏休みは楽しく過ごせたわ。去年は新太が部活でずっと1人でうちにいた気がするわ」
「それって今年はあたしがおったからなん」
「そやな。今年は鹿渡と会ってしゃべったりしてホンマ楽しかったわ」
「それはあたしも同じ」と照れながら言う。あたしってこんなストレートに言われると結構弱いんだよね。
「明日から2学期やな。また鹿渡の作った弁当ちょっと頂戴な。俺、それを結構楽しみにしてるねんから」
「わかってるよ。秋は美味しい食材も多いしな。直売所なんかも充実するし」
「この辺に直売所なんかあるん?」
「この辺にはないけど、葉菜(はな)の森って和泉(いずみ)市にある直売所はお父ちゃんが車で連れて行ってくれるわ。新鮮やし、安いし珍しい野菜とかもあるし、あたし行くの楽しみにしてるわ」
「例えば、どんなんあるん?」
「いっぱいありすぎて答えられへんけど、この前行ったときはクレソンかな。あのステーキの横についてくるやつ。ちょっと苦みがあってゴーヤ好きなひなちゃんは多分好きな味ちゃうかな? ダイエーには置いてないけどな」
「それは俺の好みに合うかも、苦い野菜好きやから」
「それに夏はやっぱり桃やな。とにかく安いねん。あたし桃大好きやから、お父ちゃんに連れて行ってもらうたびに買ってるわ」
「それはええな。場所的に車でしか行かれへんの? うちの両親ペーパードライバーで車持ってへんから」
「そやな、車やないと厳しいわ。そや、ひなちゃんも一緒に行く? 絶対お父ちゃん連れて行ってくれるから」
「1度行ってみたいな」
「お父ちゃんに言っとくわ。めっちゃ喜ぶと思うで」
「また俺の写真撮るのかな?」
「それは覚悟しておいて」とあたしは笑う。ひなちゃんも仕方ないなって感じに笑った。
「季節ごとにがらって野菜や果物代わるから楽しいで」
「これからやとなにがお勧めなん?」
「行ってみないと分からんことも多いけど、柿とか栗なんか美味しいかな」
「俺、栗好きやわ」
「そうなん。うちのお隣さんが京都の丹波(たんば)の人で実家が農家してるから、秋になると丹波の栗を毎年もらうわ」
「俺、栗ご飯めっちゃ好きやで」
「そうなん! お隣さんからいつも京都米を買ってるから、毎年新米になったら栗ご飯作ってるわ」
「鹿渡、それを弁当に…」
「わかってるって。ちゃんとひなちゃんの分も作るし、何ならうちに食べに来てもいいんやで。炊き立ての栗ご飯はめっちゃおいしいからな」
「ホンマにええんか? 俺、マジでお邪魔するで」
「そんなん大歓迎やん。お父ちゃんなんか特に」
「やっぱり写真撮られるのかな?」
「それは覚悟しといて」とあたしは笑いひなちゃんはちょっと葛藤している。そんなひなちゃんの顔をスマホでパシャリと撮って「こんな感じ」と言った。ひなちゃんは迷っていたけど「それでもお邪魔するわ」と決断したので、あたしはどんどんひなちゃんとの距離が近づいて行くのが嬉しくて思わず「今日も暑いなぁ」と言い大きく両手を空に向かって広げた。
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