第36話 チェリオ自販機

文字数 1,610文字

 休み時間に西野君がひなちゃんの席に来て二人で話し合っている。何だか深刻なようで気が引けたけど、となりの席のあたしは気になって思い切って話しかけてみた。
「さっきからなに話してるん? なんか気になるんやけど」
「ああ、鹿渡か。そんな大した話ちゃうで」と西野君は言う。すると「チェリオ自販機についてや」とひなちゃんが後に続いた。「チェリオ自販機?」ってあたしは頭の上に「?」がくるくるする。
「もしかして鹿渡、チェリオ自販機知らんのか?」
「あんまり気にしてないから、わからへんわ」
「チェリオ自販機って言ったら学生の味方の自販機やで、南町にはないん?」
「見たことないわ、ごめん」
「これは南小と鳳小の経済格差の問題やな、なあ新太」
「そこまで大げさやないけど、運動部の学生にとっては100円で500の炭酸ペットボトルが買えるありがたい自販機やで」と西野君は言う。だけどあたしの生活範囲では見たことがない。
「鳳小の前にあるんやけどな~。南小にはないか?」とひなちゃんがあたしに聞いた。
「なかったな。あたしの通学路にもなかったな~」
「これは深刻な問題やぞ、新太」
「確かにな、運動部の学生にとっては死活問題やな」
「あれ? でも鹿渡と俺の通学路の倉庫みたいな町工場な感じのところにあったはずやで」
「そんなんあったかな?」とあたしはひなちゃんに聞く。
「東門出てちょっと行ったところにあるで、確か。踏切越える前のところ」
「そうなん。あたしは全然記憶にないけど」
「あれ一般向けじゃなくて、工場関係者が買うため用やから道の方向いてないねん。でも柵とかないから部外者でも普通に買えるで」
すると西野君がその話にすぐ飛びついた。「ひなちゃんそれどこ?」とスマホを取り出してグーグルマップを開きひなちゃんに見せる。ひなちゃんは「ここの三国資材ってとこ」と答えると西野君はストリートビューに切り替えて「なんや、こんなに近くにあるやんか。今まで俺、部活帰り遠回りして鳳小の前まで行ってたわ」とため息をつく。
「こんなに近くにあるんやったら、今までみたいに飲みたいの我慢せんでも行けるやん」
「でもジャングルマンあるかどうかわからんで」
「あれは働く男のための炭酸飲料や。工場にないわけがあれへんやろ」
あたしは再びジャングルマン? ってなっていたら、西野君がチェリオのホームページでジャングルマンの商品案内を見せてくれた。
「ただの炭酸飲料じゃないんや。エナジードリンクか~。これで100円はお得やね」
「そやで。俺なんか練習試合行ったら、まずチェリオ自販機探すくらいやからな」
「鹿渡のお父さんなんか知っているんとちゃうか? 外で働いているし」とひなちゃんが言ったので、今日帰ったらお父ちゃんに聞いてみようと思った。

 夕食のときにあたしはお父ちゃんに聞いた。
「お父ちゃん、チェリオ自販機って知ってる?」
「当たり前やん。父ちゃんも学生時代から今でもお世話になっているわ」
「南町にはないよね」
「そう言われたらないかもしれんな。でも父ちゃんと母さんの行ってた上高前には昔からあるで。父ちゃん今でも仕事帰りに使うこともあるし」
「やっぱりジャングルマンなん?」
「よー知ってるな弘子。ジャングルマンは働く男のための飲み物や」
その言葉を聞いてあたしは思わず笑ってしまった。どうしたんや弘子と言うお父ちゃんを見ながら「今日、学校で野球部の男子が同じこと言ってたわ」と答えた。
「その子はよくわかってるな。将来が楽しみやな。楽しみって言えば、今週の土曜日やったっけ、ひなちゃんがうちに来るの。父ちゃんスーツ着ようかな」
「だからそういうところがキモいねんて。ひなちゃんも引くで」
「そう言われても生ひなちゃんやで、父ちゃんだんだん緊張してきたわ。なんせ上野さんより」と言ったところでおかあちゃんが無言でお父ちゃんの脇腹にパンチを入れていた。全く懲りないな、お父ちゃんは。だけど上野さんって本当に誰?
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