第45話 病気と缶詰

文字数 1,561文字

 おりいぶ公園はウイングスの駐車場に入る道を横断して公園の中央に出入り口がある。そこはレンガで舗装された道なのだが、北側部分はあまり人が通らないので芝生になっていて北出入り口までの道はない。だから、あたしたちはいつもこの人通りの少ない箇所のベンチを利用している。一方、南側は人通りが多いためか南出入り口まできれいに道が舗装されている。夏休みの午前中は木陰になるここのベンチをあたしたちは使っている。
「それにしてもセミうるさいな。空間が歪んで感じるわ」とひなちゃんは言う。
「そやな、うるさいな」とあたしは答えて、公園の木々を見渡す。
「大鳥大社程やないけど、なんかダリの世界にいるみたいやわ」
「ダリってあの時計がぐにゃってしいてる絵を描いた人のこと?」
「そうや。『記憶の固執(柔らかい時計)』って絵、あの本にも載っていたやろ」
「うん、インパクトはあるけど、あたしにはわからんかったわ」
「大丈夫や、俺もさっぱりわからんから」
そんな話をしていると人が結構公園内を通っていく。するとひなちゃんが言った。
「こっちは結構人通り多いな。ウイングスやダイエーに買い物行く人の抜け道になってるんやな」
「そやな、ダイエーのショッピングカートが放置されてることもあるくらいやから」
「あれだけ、敷地外に持ち出さないでくださいって言ってるのにな」
「ダイエーのカートを押して外から買い物に来る人もいるくらいやからな」
「そいつはかなりの猛者やな」とひなちゃんは笑ったので、あたしも「そやな」と笑った。

 ひなちゃんは通行人の観察をしながら、ジャスミンティを飲んでさっきから黙っている。あたしはひなちゃんにかまって欲しくて柔らかいほっぺをつつく。
「やめろ、鹿渡。俺で遊ぶな」とひなちゃんがちょっと怒ったのであたしは少し不機嫌になった。だったらあたしにかまってよ。
「ちぃちゃな子供連れの人も結構いるんやな。そう言えば子供っていきなり熱出すよな、鹿渡も小さいころ熱出して病院とか行ってた?」
「行ってたよ。耳原鳳クリニックの小児科。あたし小4までおじいちゃんのうちで一緒に生活してたから。徒歩5分もかからんかったわ」
「俺も耳原行ってたわ。母さんの自転車の後ろに乗って」
「へ~そうなんや。ひなちゃんはずっとフローラなん?」
「そやで、鹿渡は小5からフローラに引っ越したん?」
「おじいちゃんが定年したのを機にな、お父ちゃんが引っ越すって」
「そうかー。今やったら徒歩5分では行けんな」
「なあ、ひなちゃん。おじいちゃんが言ってたんやけど、昔は耳原鳳病院やったのに今はなんでクリニックなんやろ?」
「それはベッド数の違いやな。入院患者のベッドが20以上あるところは病院。それ以下はクリニックとかになるな」
「へ~、そんなんや」とあたしはひなちゃんが何でも知っていることに驚く。
「それはそれとして、子供の頃熱出したら看病してくれる親があまい果物の缶詰を食べさせてくれへんかった?」
「あったー。あたしは白桃の缶詰。これが甘くて特別に美味しかったんやわ」
「そやろ。みんなあるよな。あれは特別感あるもんな。俺はみかんの缶詰やったわ。だから今でもみかんは好きや」
「だから冷菓子屋に行ってもひなちゃんはみかんばっかりたのむんやね。桃のアイスクリームはないけど」
「そやな、どうしてもみかんが食べたくなるわ」
「実はあたし、買い物行くときこっそり白桃の缶詰買ってるわ。安いやつやけど」
「俺は特別な日にだけ食べたいかな」とひなちゃんはあたしにはっきりと言った。それって、あたしと冷菓子屋でアイスクリームを食べるのがひなちゃんにとって特別な日ってこと? あたしと食べるからいつもみかんばかりなんだと思うと、あたしはもの凄く嬉しくなって「また、食べに行こうね。冷菓子屋」と弾む心でひなちゃんに言っていた。
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