第52話 弘子と風景画

文字数 1,894文字

 今日は美術部に行くためにスケッチブックを持って登校した。昨日、美術部の子からLINEがあり、部展で3人受賞したと連絡があったのでお祝いも兼ねて今日は部室に顧問の佐伯先生も来るらしい。佐伯先生はまだ若い先生でみんなからさえちゃん先生とか言われている女の先生だ。朝、教室へ着くと2学期の席替えで離れてしまったひなちゃんがあたしの席に来た。
「なあ、鹿渡。スケッチブック持ってるってことはあの風景画も持ってるんやろ、見せてえな」
「ええよ」とあたしは机の中からスケッチブックを取り出して、風景画の絵を探してひなちゃんに見せる。
「これが鹿渡から見た俺の目線の風景か。なんか世界が輝いて見えるな。俺って今までこんな世界見てたのに何も感じへんかったわ。やっぱ鹿渡はすごいな」
「ありがとう。嘘でも嬉しいわ」
「嘘ちゃうで。この木々なんてモネの影響をもろに受けているやん。絵の中に時間って要素も取り入れてるよな。セミの声まで聞こえてきそうや。色鉛筆でここまでできるんやな、やっぱ鹿渡はすごいわ」
「ひなちゃんもうやめてよ。めっちゃ照れるやん」とあたしは絵をべた褒めするひなちゃんに言う。
「これをコンクールに出さへんなんて」とひなちゃんは言いかけて次の言葉を飲み込んだ。
「鹿渡も新太も趣味のレベルが高すぎるねん」
そんな話をしていたら山崎と佐竹が来た。
「鹿渡、絵描いたんや。わたしたちにも見せてや」と言ってきたのでひなちゃんがあたしの顔を見た。あたしはこくりと頷いてひなちゃんは山崎たちにスケッチブックを渡す。
「すごい迫力やな」「なんかこの木の葉っぱ、風で揺れてるように見えへん」とか口々に言う。ひなちゃんは「そうやろ。手前の変な動物のオブジェの存在が静の表情を持っていて、その対比で木々の葉っぱが動いてるように見えるんや。もちろんそれだけやないけどな」
「へ~、そうなんや。ひなちゃん美術にも詳しんやね」
「そう言えば、吹奏楽部。関西大会出場やてな。おめでとう」
そう言われると山崎と佐竹はえっとした顔をしてひなちゃんに言う。
「ひなちゃん、音楽に興味あったん?」
「俺が下手やからって音楽聴かんと決めつけるなよ」
「何聴くん。ひなちゃんやったらクラシックとか」
「だから勝手なイメージで決めつけるな。父さんと母さんの影響で昔のメタルとかハードロックとか。あとブラスロックも好きやで」
「それは意外やな。それだけ聞いててもひなちゃんですら出来んもんは出来んのやな」
「なんかオススメとかある?」
「日本のブラスロックやとちょっと古いけどthe Jangoってのがブラス系には入りやすいかな」
「サブスクにある?」
「知らん、ないんちゃう。昔のやし、インディーズやし。CDなら貸せるけど」
「なら、パソコンから取り入れるわ。ひなちゃんCD貸して」と山崎が言って佐竹も「あたしも」と言った。何だかあたしは2人にやきもちのような感情を感じた。

 放課後に美術部に行く。ひなちゃんがついてきて「どうせ、そんなに時間かからんやろ。俺は廊下で待ってるから」とプレッシャーをかけてきたけど、あたしと一緒に帰りたいんだねと思えてすごく嬉しかった。あたしは「すぐやから」と部室に入る。
「鹿渡、久しぶりやね」と部員が声をかけてきた。「入賞おめでとうございます」とあたしは言った。「ありがとう」と口々に部員は言う。「実は私も絵を描いてきて…」するとさえちゃん先生が「是非見せて」と言うのであたしはスケッチブックを開いて机に置く。「なにこれ、すごい迫力。ただの風景画なのに」「色鉛筆でここまでかけるんや」とかみんな言う。黙っていたさえちゃん先生が「これって印象派の影響受けてるよね。特にモネ。どこでこんな技術知ったん?」と聞いてきたのであたしは「ひなちゃんから美術の本借りたんです」と答えた。今日返すつもりだった本を取り出しさえちゃん先生がその本を受け取りぱらぱらめくった。そして最初に戻りまた流し読みした。「鹿渡さん、この本先生にも貸してもらえるようにひなちゃんに言ってくれない。授業の資料で使いたいから」
「ひなちゃんなら、廊下で待っていますよ」と言うとさえちゃん先生がすぐに廊下に飛び出して戻ってきた。「いいって」とさえちゃん先生は嬉しそうに言う。「それではあたしもう帰るんで」と言うとさえちゃん先生は「鹿渡さん、なんでこの絵部展に出さなかったの?」と言うがあたしは「興味ないんで」と部室を後にした。終わったか? とひなちゃんが聞いて、終わったよと答えると、ひなちゃんはあたしの左手を握りそれなら帰ろうと言った。あたしはその小さな手のぬくもりをかみしめていた。
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