第61話 佐藤聖子

文字数 1,584文字

 私は吃音を持っている。考えたり、文章にしたりはスムーズにできるけど、話すことだけが苦手だ。言葉がうまく出てこなくて、どうしてもどもってしまう。お医者さんが言うに発達性吃音らしい。この病気はあらかた自然治癒するらしいが、8歳を超えても残るようだと自然治癒が難しいらしい。私は後者の自然治癒が難しい方になる。それでも小学低学年の頃は人と話していた気がする。中学年の頃には人と話すのが苦痛になってきた。同級生の男子からこの吃音をからかわれるようになったからだ。しかし私には2つ年上の兄がいて、いつも私を守ってくれた。だからいじめ的なものはなかった。兄が小学校を卒業したときから私を守ってくれる人はいなくなり、男子のからかいはひどくなり「佐藤、お前しゃべってみろよ」とか「何黙ってるんだよ」とか直接的ないじめに変わっていった。私は黙ってやり過ごし、見かねた女子が先生を呼びに行くこともあった。私はますます人としゃべるのが苦痛になっていった。学校ではしゃべらず、黙って過ごすことが多くなり、私は本を読んで時間を潰すことが多くなっていった。だけど男子たちは何とか私にしゃべらそうとして本を奪って返してくれなかったりした。私は「返して」がうまく言えずに「…か、か、返して」とどもってしまうと、男子たちは大笑いして「なんや、そのしゃべり方」とはやし立てる。私は泣いてしまうこともあったが、ここにはもう兄はいない。守ってくれる人は誰もいないんだと理解した私はどんどん自分の殻に閉じこもるようになっていった。

 中学に入ると3年に兄がいたため、しょっちゅう私の教室まで様子を見に来ていたので、私をいじめる人はいなくなった。だけどこれも1年で終わった。兄が高校進学したからだ。2年になった私はまたいじめられるんじゃないかと怖くて、なるべく目立たないように生活してきた。いわゆる3軍女子ってグループの存在感のない女の子というポジションに落ち着いた。2年生になると鹿渡さんって身長の大きな女の子が陰で悪口を言われており、私は正直自分がいじめの対象にならなかって良かったと思った。でも、鹿渡さんはとても強い女の子だった。陰でいくら悪口を言われていても全然動じない。普段通りに生活をする。それに堺市一かわいいと言われているひなちゃんと友達になって、毎日が楽しそうだ。おまけに女子から絶大な人気のある西野君とまで仲良くしている。私と違って人生を楽しんでいる鹿渡さんに私は徐々に強いあこがれを持っていった。

 そんな私の生活が一変したのが夏休み明けからだった。私が1軍女子から絡まれることが多くなった。私のしゃべり方をマネして笑ったり、馬鹿にしたり。しかもこれらの行為は目立つ男子のいないところだけで行われた。小学校時代より陰湿なやり方だった。そのうち「佐藤はキモい」とか「養護学級に行けよ」とか直接的な言葉の暴力に変わっていった。ここでもし私を助けたら今度は自分がいじめの対象にされるのではないかとの恐怖感があり、クラスの誰も私を助けてくれなかった。そのうち私の教科書やノートに悪口を直接書かれるようになった。ここまでくれば、もう私は学校に行くのが苦痛でしかなかった。そして物が隠されるってことが起きるようになった。生理の日にポーチを隠されて私は焦ってカバンの中を探していると、鹿渡さんが来て「佐藤さん、急に来たん。あたし持ってるから一緒にトイレに行こう」と声をかけてくれた。私は一時期でも鹿渡さんがいじめの対象になってよかったなんて思ったことを後悔する。「…あ、あ、ありがとう」と声を出した私に「気にせんどってな」と笑顔を見せてくれる鹿渡さんはやっぱり強い人なんだと思う。鹿渡さんになら私がいじめられていることを告白してもいいように思える。きっと兄みたいに私のことを守ってくれるのではないかと思った。

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