第10話 調子に乗るなよ

文字数 1,736文字

 学校に着くなりひなちゃんに「鹿渡、ほうれん草とベーコンの炒め物は?」と聞かれたので、あたしは「持ってきてるで。作りすぎたから弁当箱と別のタッパーに」と答えると、ひなちゃんはめっちゃ嬉しそうな顔をして「ありがとう」って笑った。朝からすごくかわいいひなちゃんの姿を見られてあたしも今日はついているなと思った。ひなちゃんはすぐ西野君のところに行き「新太、今日の昼めしはちょっとおかずが増えるぞ。鹿渡が作ってくれたやつ」と報告する。すると西野君があたしを見てニコってして「ありがとう」と小さな声で言った。あたしも西野君に笑顔で軽く頭を下げた。

 お昼になっていつものメンバー4人が机を移動させていたら、ひなちゃんと西野君が机を持ってきて「一緒に食べてもいい?」と聞いてきたので、あたしは「ええよ」と答える。こんな2軍女子と一緒にお弁当を食べる男子っていなかったから、なんか教室がざわめいた気がした。正直2軍女子のグループLINEで西野君がかっこいいて言う意見が多くて、ひなちゃんと仲良くしていたらもれなく西野君が付いてくるから鹿渡はうまくひなちゃんを手なずけなってみんな言うけど、あたしは西野君に興味がなくてただひなちゃんと仲良くしたいって気持ちでひなちゃんとしゃべっているだけで全く他意はない。女の子みたいなひなちゃんには女子も話しかけやすくてひなちゃんも普通に話しているけど、クラスの女子がひなちゃんと話している本当の理由はひなちゃんを介して男子と話すことなんだとあたしでも理解はしていた。やっぱりあたしたちみたいな2軍女子でも男子と話したくても話しかけにくいって思春期独特の感情があるみたい。あたしはひなちゃんとおしゃべり出来れば、それだけでいいけどね。

 ひなちゃんはあたしの横に机を並べて「鹿渡、ほうれん草とベーコン」とかわいい声で催促してくる。西野君はひなちゃんの前に机を並べて松本さんの横に座る。松本さんは小学校の時から西野君が好きと言っていたので、これはチャンスかもしれない。がんばれとあたしは松本さんに目でサインを送ったけど、松本さんは恥ずかしそうに下を向いていた。リックからお弁当を取り出して包みを開ける。そしてひなちゃんに小さなタッパーを「はい、これ」って渡す。「ありがとう」と言うひなちゃんをほほえましく見ながら、あたしは西野君にも「よかったら食べて」と言った。「おう」と西野君は自分のお弁当の蓋をあけながら言う。いつ見てもこの2人のお弁当作っているのってひなちゃんのお母さんなんだよなって思う。弁当箱の大きさも中身も全然違うのが凄い。兄妹に作っているみたいに、重視しているものが全然違う。あたしなんてお父ちゃんとほぼ一緒なのに。ただ外で働くお父ちゃんの弁当箱はサーモスの保温タイプで、あったかいみそ汁もつけているけどね。

「やっぱり、ほうれん草とベーコン炒めは外さんな。めっちゃうまいな、新太」
「これでご飯2、3杯くらい軽く行けるな」と西野君が褒めてくれて嬉しかった。
「なぁ、鹿渡」と西野君が言う。
「俺もこれ作りたいねんけど、作り方教えてくれへん」
「えっと、ベーコン炒めてから湯通ししたほうれん草入れて炒めて、鶏がらスープの素で味を調整する感じかな。最後にちょっと醤油を入れるのが隠し味」
「そんな簡単にできるん? 塩コショウとかせえへんの。油は引かんの?」
「焦げ付き防止の油は少しだけ、ベーコンから油出るし、塩味もついているからそんなもんやで」
「そうなんや、ありがとうな。俺自身も食べたいし、親父にも食べさせたいしな」
そうだ、西野君って父子家庭だったなとあたしは思い、また簡単な料理を教えてあげようと考えた。そんな感じでお弁当を食べながらしゃべってでその場は楽しかったけど、あたしは何しているんだー、松本! とも思っていた。せっかくのチャンスなのに結局何もしゃべっていないやん。机を戻しながらちょっとイライラした。机を戻したあたしはトイレに向かった。するとクラス1軍女子のトップの清水亜季があたしに近づいてきて小さな声で「調子に乗るなよ」と言ってすれ違っていった。あたしは目立ちすぎたなと反省するとともに、とうとう本格的に目を付けられてしまったなと後悔した。
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