第59話 ひなたと栗ご飯

文字数 2,237文字

 お隣さんから京都の新米が届き丹波の栗をもらったので、あたしは早速ひなちゃんのパソコンにメールした。「明日は栗ご飯やで」と。すると「ありがとう、夜にお邪魔するわ」と簡単な返事が返ってきた。次の日、学校で会ったひなちゃんはとてもワクワクしていて「俺、何時に行ったらええん?」とか「なんか手伝う?」とか終始落ち着きがなかった。そんなに栗ご飯楽しみにしてるんだねと思いながら、あたしも夜にひなちゃんがうちに来ることにワクワクしていた。今日は踏切を越えた交差点で別れて、あたしはうちに帰り栗を仕込む。皮をむくのが一番時間かかるからね。今日は大きめの栗を多めにしようと考えていると、ひなちゃんの喜ぶ顔が思い浮かんであたしは1人ニヤニヤする。そんな感じで栗を仕込んでいるとおかあちゃんが帰ってきた。
「今日、ひなちゃんが晩御飯食べに来る日やったね」
「うん、そうやで。7時ごろにうちに来る予定や」
「弘子、嬉しそうやな」
「そらそうや。ひなちゃんがあたしの作った料理食べてくれるんやから」
「弘子はホンマひなちゃんが大好きやな」と言うとおかあちゃんは作業着を着替えた。

 7時前にチャイムが鳴ってひなちゃんが来た。あたしがひなちゃんを迎えに行くとひなちゃんはピンク色の7分袖のゆるTシャツに白い膝上くらいのショートパンツ、ハイカットスニーカーにビニール袋を下げてやって来た。私服のひなちゃんがかわいすぎてあたしは思わず「いらっしゃい」と言いながら玄関前でひなちゃんに抱きつく。ひなちゃんは「ちょっとやめてよ、弘子ちゃん」と言いながらもひなちゃんからは離れようとしない。
「弘子ー。なにしてるの? 早く入ってもらいなさい」とおかあちゃんの声が聞こえてきたので、あたしはひなちゃんを離しうちへと招き入れた。手を消毒したひなちゃんがおかあちゃんに「今日は夕食にお招きいただきありがとうございます。これはうちの母からです」と持ってきたビニール袋を渡す。「そんなお気遣いなく」と言ってビニール袋を受け取ったおかあちゃんは「コレ、重かったでしょ。ひなちゃんありがとね」と言った。袋の中には缶ビール4本とチューリップ2個が入っていた。これはお父ちゃんが喜ぶなとあたしは思いつつ「ひなちゃん、もうちょっと待ってな。いま栗ご飯蒸らしてるところやから」とリビングのテーブルの椅子に案内する。するとお父ちゃんが帰ってきた。ひなちゃんは玄関まで行きお父ちゃんに「お帰りない。お邪魔しています」と挨拶した。お父ちゃんは「えっ、ひなちゃん? なんでここにいるの!?」って驚いていたけど、あたしが「昨日言ったやん、ひなちゃん来るって」と呆れて言うと「すぐ着替えてくる」といきなり慌てたのがちょっと滑稽やった。

 今日のメニューは栗ご飯にほうれん草とベーコン炒め、豆腐とわかめの味噌汁。それらを人数分テーブルに並べていってると、お父ちゃんが「ひなちゃん、写真撮らせてくれる?」とキモいことを言っていた。でもひなちゃんは「いいですよ」と笑顔でお父ちゃんに写真を撮られている。ひなちゃん、そこまでしてでも栗ご飯を食べたかったんだね。「いいかげんにしてや、もう準備で来てるんやで」とあたしはお父ちゃんを怒る。それでもお父ちゃんはスマホを離さず席に着いた。ひなちゃんもあたしの横に座る。
「いただきます」とひなちゃんが言って小さな口で栗ご飯をほおばるとお父ちゃんがひなちゃんの写真を撮った。するとおかあちゃんがお父ちゃんの脇腹にすかさずパンチを入れた。
「美味しい~。弘子ちゃん、わたしこんなに美味しい栗ご飯食べたことないよー」と褒めてくれたので、あたしは照れながら「お代わりならまだあるで」と答えた。今日はひなちゃんの好物で固めているから自信はあったけど、直接褒められると弱いんだよねあたし。おかあちゃんはひなちゃんとしゃべりながらご飯を食べていたけど、お父ちゃんは脇腹パンチにも負けずにひなちゃんがご飯を食べる写真を撮っていた。あたしでも少し呆れるわ。「あれ、お父ちゃん、今日は金麦飲まへんの?」とあたしが聞いたら、お父ちゃんは「今日はな」と言ったのでなんか珍しいなと思った。

 食事を終えひなちゃんが帰ろうとするとお父ちゃんが「夜道は危ないからおじさんが車で家まで送って行ってあげる」と言いだした。お酒を飲まなかったのはこのためかとあたしはまた呆れた。「でもわたし、西支所の裏で近いし」とひなちゃんが断ろうとするが、お父ちゃんは頑として譲らなかった。「最近、夜は寒いし、その恰好やったら風邪ひくで」と強引にひなちゃんを送って行こうとする。おかあちゃんは呆れかえって「弘子、あなたもついて行きなさい」と言った。お父ちゃんは不満げな顔をしたけど「そこまで言っていただいたなら、お言葉に甘えさせてもらいます」とひなちゃんが折れた。

 うちの車はダイハツのタントなので、大きいうちの家族には狭いけどひなちゃんなら乗れるよねと思いつつ1階の駐車場に行く。あたしが助手席に乗ろうとするとお父ちゃんが「なんで弘子が助手席に乗るねん」と文句を言ったからあたしは「ひなちゃんとデート気分にさせないためや」と答えた。ひなちゃんは苦笑いして後ろの席に乗った。だけど徒歩圏なので、ひなちゃんのうちまではすぐについた。ひなちゃんはお父ちゃんにお礼を言ってマンションに入って行った。その帰りにお父ちゃんが「やっぱりひなちゃんはかわいいな~」と何度も言うのが正直キモかった。
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