第99話 和泉リサイクル環境公園

文字数 2,419文字

 お父ちゃんから聞いてあたしは今年の梅の開花が早いことを知った。そして和泉(いずみ)リサイクル環境公園のしだれ梅の梅林もそろそろ満開って知ると、ひなちゃんに見せてあげたいなと思わずにはいられなかった。だから早速、あたしはひなちゃんを誘った。
「なあ、ひなちゃん。満開の梅林見に行かへん」
「別にええけど、この辺にそんなところあった?」
「和泉市にある和泉リサイクル環境公園ってところ」
「鳳からならバスになるん?」
「いや、バスではいかれへんな。だからお父ちゃんが車で連れて行ってくれるって言ってる」
するとひなちゃんはなんか複雑な顔をした。
「また俺、写真撮られるのかな?」
「うーん、それはしゃーないわ」とあたしは言いつつ、ひなちゃんに去年行ったときに撮った梅林のスマホの写真を見せた。
「しだれ梅か。梅林っていうだけに圧巻やな。ぜひ生で見てみたいわ。鹿渡のお父さんにお願いしてもええかな?」
「そら、もちろんや。今週の土曜日行ける?」
「わかった。土曜な」とひなちゃんは快く受けてくれたので、あたしは嬉しくなる。

 土曜日の朝9時に約束通りひなちゃんはうちに来た。インターホンが鳴るとあたしは「すぐに下に降りるわ」と答えた。慌ててお父ちゃんを呼びに行くとすでに車のキーまで持って準備万端だった。おかあちゃんに「行ってくるわ」と言うとお父ちゃんに向かって「気を付けて運転しいや。人様の大切な娘さんを預かっているんやからな」と大きな声で言う。「わかってるって」と答えるお父ちゃんをせかしてエントランスに降りた。そこに立っていたひなちゃんは、アイボリーのフードブルゾンの下にグレーの生地の下に重ね着したような別素材の薄いブルーの生地が見えるトップス、そしてカーキのカーゴパンツに白とグレーの厚底スニーカーを履いて、さらに白い小さなかばんを持っていて、まるでモデルさんのような容姿っだった。
「ひなちゃん、めっちゃかわいい」とあたしは思わず口にする。するとひなちゃんは「ありがとう、弘子ちゃん。弘子ちゃんも綺麗だよ」と微笑む。アカン、理性が飛んでしまいそうやと思っていると、お父ちゃんも「ホンマ、モデルさんみたいやわ」と2人して危ない親子になっているのに気が付き、あたしは理性を取り戻した。
「お父ちゃん、行くで。はよ行かんな駐車場埋まるで」
我に返ったお父ちゃんは「そやな、この時期は人が多いし」と車に向かって歩き出した。
あたしが助手席に座り、ひなちゃんは後ろの席に座ってもらった。車を動かし始めたお父ちゃんはひなちゃんに「30号線をひたすら南下するんやけど、下道(したみち)やから信号に引っかかるの考えて大体1時間くらいかな」と言った。するとひなちゃんは「わたし、駐車場代とか入園料とか弘子ちゃんに聞いていなかったんですけど、その分は払います」と申し訳なさそうに言う。お父ちゃんは「大丈夫、大丈夫。駐車場も入園も無料だから。ひなちゃんはそんなこと気にせず、楽しんで」とひなちゃんに答えた。

 公園に着くとやはり人が多かった。あたしやおかあちゃんはお父ちゃんに連れられてたまにここに来ることがあるけど、本格的なカメラを持って花の写真を撮る人をよく見かける。今日はその割合が明らかに多い。混んでいるなと思いつつ、今は咲いてない花のエリアを抜けると梅林が見えてくる。見事にピンク色に染まったその風景にひなちゃんは思わず「すごい」って言葉が漏れる。梅林に近づくにつれ「わたし、写真撮ってもいいかな」とカバンからコンパクトデジカメを取り出す。「ひなちゃん、デジカメ持ってたんや」とあたしが聞く。するとひなちゃんが「これはお父さんが仕事で使うやつを借りたんよ」と答えた。そんな横でお父ちゃんはスマホを取り出して何かいじっている。もうひなちゃんを撮る気満々やないの。わかっていたけど。ひなちゃんはたまに写真を撮りながら梅林の入り口に入って行く。人が多いのは仕方ないけど、写真を撮る人ばかりなので人の流れは緩やかだ。
「すごい、こんなに密集してしだれ梅が咲いているなんて…。下の花は水仙? すごく幻想的できれい」
「写真で見るのと生で見るのは違うやろ?」
「本当に全然違う。すごい迫力があってきれい」
「そやろ」ってあたしが自慢げに笑うと、今までおとなしかったお父ちゃんが「梅を背景にしたひなちゃんの写真撮りたいねんけど」と言いだした。やっぱり来たかとあたしは思う。でもこれだけは避けられないよね。ひなちゃんも覚悟していたのか「わかりました」と答えていた。「カバン持つよ」とあたしはひなちゃんのカバンを預かり、必死でひなちゃんの写真を撮りまくるお父ちゃんを見て、あたしも撮りたいねんけどなと思う。でもうちに帰ったらデータ貰うかと我慢する。2人に写真撮られまくっていたらひなちゃんもストレスだろうしね。そう思っていたら、知らない初老の男性からお父ちゃんが声をかけられていた。
「あのすみません、あの子の保護者か関係者の方ですか?」
「えっと、今は保護者みたいなものですが」
「自分もあの子の写真撮りたいのですが、いいですか?」
「と言われましても」とお父ちゃんが困惑するからあたしはひなちゃんに「この人もひなちゃんの写真撮りたいねんて。ええかな?」と聞く。するとひなちゃんは微笑んで「いいですよ」と答えた。するとその初老の男性が「ありがとうございます」って本格的なカメラを構えて撮影し出すと、周りから本格的カメラを持った人たちが4、5人集まってきて、許可を取ってひなちゃんの撮影会が始まった。数分の撮影会が終わった後、カメラの人たちはデータを送りたいから連絡先教えてくださいと言ってきた。ひなちゃんはメールアドレスでよければと教えていたので、あたしもここにもデータ送ってくださいとさりげなくうちのパソコンのメールアドレスを教えた。これでひなちゃんのモデルさんのような写真をたくさん手に入れられるわとあたしはほくそ笑んでいた。
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