Clapping hands

文字数 641文字

暗い帰り道に、ぼんやり灯を浮かばせた喫茶店が目に入ったので、立ち寄った。コーヒー汁という贅沢なものを味わってみようという気をおこしたのだ。
ガラスの向こうに夜の暗黒を閉じ込めた、窓際のテーブル席にすわると、ほっとして両掌をひっくりかえしひっくりかえし眺めていたが、やがて継当のあちこち目立つちゃんちゃんこを着たオカッパ頭の女の子が奥から現れた。
奥、といっても、小さな店なので、奥などあるはずはないのだが、なんとなく、その子は奥から現れたという印象を、ぼくは受けた。
「お兄さん、お金ある?」と、その子供がきくので、
「200円もってる」と、こたえた。
すると、その子は奥をふりかえって、
「あるってさ! 200円!」と、叫んだ。
奥からは、蝿のように拍手が湧いた。が、奥などないのだし、誰もいない。
「奥におおぜいいるようだね」と、ぼくはいって、「コーヒー汁をおくれ」
「いいよ。200円なら、丼一杯」
女の子に、気になっていた点を確認した。
「きみの目は、なぜ顔のうえを、あっちいったり、こっちいったりするのだね。ぼくの目などは、同じところでとどまって、ジッとうごかいないものだけど」
「あたいにきいても、わかんないよ。目にちょくせつきいてみて」
みればみるほど、彼女の目はゴキブリに似ている。二匹の大きな、黒いゴキブリに。
ぼくは女の子に200円先払いして、コーヒー汁を待った。
「それにしても」と、ぼくはおもった。「はっきりしない天気だ。五月も近いというのに、あの子がちゃんちゃんこを着るのもムリはない」
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