Oh, 潤子

文字数 729文字

隣で寝ている妻がモゾモゾをやめない。
ついには未だ夜中だというのに、ぼくとしても目を開けないワケにはいかなくなった。かれこれ1時間以上もモゾモゾしている妻をこれ以上ほっておくとしたら、ぼくは人間ではない。
ぼくは目蓋を開けてジッと天井を静かにみつめただけだったが、妻のモゾモゾは止まっていた。
気づかれないように気をつかいながら妻の様子をひそかにうかがうぼくの様子をうかがっている妻の様子をぼくがうかがっている様子を妻がうかがっている、、、合わせ鏡のような無限連鎖の時があり、
「どした」とぼくは、ありきたりな質問をせざるをえなかった。天井を見上げたままのことだった。
「あなた寝言いったよ」妻も天井を見上げたまま。
「えなんて」
「おしえたらなにしてくれる。なにくれる」
ぼくは警戒した。
ぼくはなぜか自分がいった寝言をその瞬間、脳内に再現できていたのだ。それは「Oh, 潤子」だった。寝言として、それが一級品といえるのかどうか、それは知らない。潤子という名前にも覚えがない。つまりそういう名前の人物の記憶がないのだ。
夢精もしていない。涙も流していない。なにしろ覚えのない名前だから、哀切な記憶ともエロい妄想とも無縁のものだ。縁なき衆生は度し難し。
ぼくはどうかしてしまったのだろうか。
「ねー、知りたいでしょ?」妻が暗い天上を見上げたままきいてくる。
知りたいもなにも、妻にきくまでもなく、ぼくは知ってしまっているのだ。
「Oh, 潤子」ぼくはきみを忘れたい。忘れたいもなにも、きみのことなどまったく知らないのだ。存在しているのだろうか? たとえ存在していたとして、ぼくには無関係だ。
「ねーえ」暗い天井を見上げながら妻がせっついてくる。
どうしたらいいんだろう。

ぼくにはわからない。
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