In the corner

文字数 817文字

コバエの湧いた麺を水でサッと流し、最後の客に「焼きソバ風パスタ(バイスバーサ)」として出すと、シンクの陰になった隅から
「閉店だね」と子供の幽霊なのか、座敷童子の類なのか、しゃがんだ姿勢で顔を上げて、ぼくに話しかけてきた。
「ああ、おわりだ」
客は離れたテーブル席で背をむけて食事しているので、不審におもわれる気遣いはない。
「一杯やるか」と、童子に声をかけてみて、フと、「飲める口かい? 人間ではないみたいだけど、そっち方面の世界でも、年齢にきまりがあったりするのかな」
「ははははは。あるわけないよ」と、全体に灰色っぽい体色なので、笑ったところで、どうしても陰鬱にみえる童子はいった。
ぼくは童子の前に尻をついて座ると、ビンビールをキリンのロゴ入りコップに注ぎ、シナチクをつまみに二人で一杯やった。

「おいしかったです。ごちそうさまです」そういって客が帰ると、レジ閉めも早々に、シャッターをおろし、童子と帰路についた。
「どこまで? 帰る?」と、歩きながら童子を見おろしてきくと、
「どこでもいいんだ。どこだってオレの家なんだ」と彼はこたえた。
「そうなんだろうな」といったとき、空の端がピンクに明け染めだした。「しばらくウチにくるかい? あんたの家でもあるわけだし。店とちがって、ウチにはちゃんとしたもの置いてるんだ。なにしろ自分が食うものだからね」
下瞼がズルリと下がって、目の巨大な、体色の悪い子供はカラカラとわらった。
「ありがたい」と童子はひとしきり笑ったあとでいった、「次の機会があったらね。今日は仕事があるから」
「へえ。これからかい。たいへんだな」
「でもないよ。朝飯前っていうのがピッタリさ」
なんの仕事かはきかなかった。
別れぎわ、童子は「なんでも望みをかなえてあげられるよ」と、ぼくにいってくれた。しかし、ぼくは今の暮らしに満足しているのだ。傍目からそうはみえなくとも。
それを童子だけはわかってくれたのを、彼の不気味に大きな目に読み取った。
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