第19話

文字数 2,207文字

ベッドのうえの
破れたダウンを かかえて
その裂け目から あふれだした 羽毛を一枚 手にとり
こどもは うれしそうな 顔をしました

研究対象を
完全に とり違えていたものの
研究のために わたしが かつて
読み漁った 書籍には インナーチャイルドとは
問題を かかえたままの 幼少時代の 自分で
” 抱きしめるべき存在 " と 記されていたはずでした

だのに 実際
こどもが わたしの背後にまわり
破れた ダウンを 羽織らせてくれたとき


わたし いま
抱きしめられてる
と 感じた

彼女の髪からは 懐かしい
施設のフトンの匂いがしました

そして
彼女は ゆうのです

ポケットから
セロファンの虫眼鏡をとり出し
じっくりと それを のぞきながら

「 これは みずべのとりでは ないですな 」と

いつのまにか
彼女の手のひらには
わたしの革靴に入っていた
ふわふわの物体がのっかっていました

そうだった
これは やはり ダウンの中身ではなかった
白鳥の綿毛とは 似ても似つかない
黒い物体 ...

彼女は それを わたしの手のひらに
大切そうにのせて
おにぎりを 結ぶみたいに わたしの手を
両手で きゅっと 包みました

わたしは なんだか
戸惑ってしまい 衝動的に
ショジヒンの革靴を履き
病室をとびだしていました

なにかの発信音が うるさい
ナースセンターをくぐり 薬品くさい階段を
掛けあがっていました

おとなに なって
いろいろ わかって
いろいろ わかってきちゃってさ ...

この涙は いったい
なんの涙でしょう

ふいに
あのこに 抱きしめれたようで
ほだされたのか

あんなふうに 大切そうに
手に 触られたのは 確かに はじめてだった

この痛みは
うれしいのか
かなしいのか

肺が
燃やされてる
みたいに 痛いのです

だけど この
燃えてるみたいに痛いのが きっと
ほんとうの わたしの肺だ

この炎を
誰かに 感じたり
この胸に 灯りそうなると
わたしは ふわっとした
女子になりきって やり過ごす

ふわっとした
鎮魂歌などを 口づさんで
まだ 燃えている炎を
まだ 生きている魂を
葬ろうと がんばってきたのです

どこの家庭にも
テレビ番組にも
どのお店の噂話にも
でてこない この炎は
うちに 存在させちゃいけない
ような 気がするから なかったことにする

この 抹殺行為を
静かに 自分に許し 認めることが
おとなになること だと

記憶からの自律
母親や 施設からの自律 だと
あの数年後に わたしは 気づいたんだ ...

滑り止めシートが
劣化した階段を なんとか かけあがり
その最終地にある 錆びついた扉を
ちからいっぱい 開くと

夕がたの冷たい風が こちらに
勢いよく 吹きぬけました

このとき
いっきに 酸素が 肺に送られて
燃料を得た 胸の炎が ぼわっと 大きく
鮮烈に 燃えあがりました

肺を 燃やし
喉から耳に 燃え移り
それが 髪の毛に 飛び火し
ついには
屋上から望む 空全面に 燃え移りました

そして 数秒後
炎は 沈みかけた夕陽を 爆破したようでした

模型のような
下界

ミニカーが
ゆき交う
モノクロの町にも
着火

すべてが
黄金に 包まれました



これは
淋しい


この涙は
淋しいの
涙だ

幻想的な
淋しい
淋しいよ

お か あ さ ん

あまりに 慣れない
口の動きを わたしは
ゆっくりと 形作ってみました

S淵さんが
豹変すると 感じる
謎の ぬくもり

あれは
この 淋しいより
全然 ラクなやつ

お か あ さ ん

もう一度
ゆっくりと
発音しながら

この ぎこちない
舌の動きかた 口のかたちは
わたしが 小三のとき

照明係をつとめた
ヘレン・ケラーの舞台で
承認欲求のかたまり
サッカー部のN島が 悦に入って ゆった
” ウォーター " に とても 似ていると 思いました

たくさん たくさん
これまでも たくさん

こんなふうに
かき消されたであろう
わたしの炎

いや
これこそが
わたしの 炎の詳細で
N島を思い出したのだから
この感じが 本物である

「 にしてもよー
  こどものわたし ー みごとにー
  ぶっこわれてたーなぁ ー 」

むかしから
喜びかたが わからなくて
よく 叱られていたけど

あのこ
虫眼鏡をのぞくとき
めちゃくちゃ うれしそうだった
わかりやす ー

母親が
ほかの人には 見せない
ほんとうの姿を 自分だけに
見せてくれた
ってゆう
うれしい気持ち

その真の姿が
鬼でも ハッピー

母親のこわい声を
こわい顔を
凄まじい暴力を
すべて 出しきってほしい
すべて わたしで 出しきってほしい

それで 怒りが 尽き果てたら
こころの コンクリートジャングルが
わたしで さら地になってくれたら
ってゆう 強い祈り

ぜんぶ
ぜんぶ 思い出したし
もともと 知っていました

それが
ミラクル少女の不思議成分の一滴
だとわかりましたよ 隊長

雰囲気では 決して
悦にはいれない " 冷めてる "とか " 冷たい "
と あなたが 周囲から 呼ばれる由縁

誰かからの好意に対しても
上手に 喜べず
" かわいげないやつ " と
うとまれる あなたの側面

それは
不思議少女には
本物しか 通さない
高性能バリアが
ボディの 内側にも
外側にも
搭載されているからであります
隊長

そして
もうひとつ

この幻想的な
淋しいのなか
わたくしは

わたくしは どうしても
隊長に 伝えたい
新発見が ございます




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