第9話

文字数 869文字

夜空には星がまたたき
地上には 街灯が美しくかがやいていました

路上におりたつと 午前四時すぎのビル街の路地は
まだ真っ暗で 空気がとてもつめたかった

遠くにみえるコンビニにも
交番にも 駅のホームにも
誰ひとりといない

何羽かのカラスが電線やみちばたで遊んでいるようでしたが
あの大きなカラスの姿はありませんでした

と 思ったら
いたのでした

うしろ姿で すぐに わかりました

中国人夫婦がやっている 閉店後の
中華料理屋と こちらも深夜には閉まっている
コインランドリーのすきまのところに
あのカラスはおりました

カラスは立派な翼を
めいいっぱい 広げたり 閉じたりしながら
おおきなかぎ爪をたてて

まだ 尾っぽがぱたぱたと動いている
ふとったねずみの脇ばらの皮膚をひきさき
ガリガリとコンクリートにこすりつけていました

そして ついに
ぐったりとした肉片の骨と骨のあいだの
血管や内臓をくちばしで一枚一枚 ひきちぎり

うえをむいては 喉と翼を同時に動かし
かぎ爪を 地面にひっかけるように
足踏みをしながら それらを
スルスルと 飲みこんでゆきました

カラスの胸もとから背中にかけて
カラスの唾液とねずみの脳みそ 体液と
血液がまざったような
とろりとした山吹色の液体が したたりおち

どうもうな 野性の目は
なにを反射せずとも
暗闇のなかで 発光していました

それは どの星々よりも つよい光でした

もちろん そこには
ぼくとつとした 高倉健などは
どこにも おりません

カラスは わたしといたとき
わたしに あわせてくれていたのだ

わたしは
見てはいけないものを
見てしまったときの きもちになりました

カラスが ゆっくり 首をまわしながら
歪んだ ねずみの頭蓋骨を 胃から吐きだした

そのとき

わたしは たかいビルの一室で
S淵さんを寝かしつけている
にくたいのほうに もどることに決めました

そして しばらくすれば また
電源が入るはずです

そうしたら また
目をみひらけばよいのです

二週間もあれば
さっき 吉祥寺で 電柱を数えながら 歩いた
笑顔のわたしに もどれるから 大丈夫

では また

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