第17話

文字数 1,749文字

幾千もの白鳥の群れが
ダウンの裂け目から飛びたつと
うすい桃色のカーテンでしきられた
この時空が ゆがめられたように感じました

「 あなたは
  わすれてしまった ?」

誰かから
こう 耳もとで
ささやかれているような
気がして

そして
この瞬間を わたしは
生涯にわたり 記憶することになると
すでに わかっているような

そんな
スローモーション
な 空間となっておりました

結露が 渇いた
窓から見える 白い空
透明な午後の病室

いつかの年末の
ふいうちの粉雪のように

ダウンの
白鳥の羽毛が
ゆっくりと 一枚つづつ
天空から
左右に 揺れながら
舞い降りてきました

わたしの不規則に乱れた
鼓動と呼吸を 左右に わかつ
白い振り子

わたしの過去に 未来に
現在に 語りかける
白い振り子

あっ
さっきの声
こどものとき 園長室に
月二で 来ていた K村教授だ

ゆっくりうごく
たった今の次には
過去が やってきました

いま 思うと
彼女は 養護施設配属の
催眠療法士なのだと思います

年齢は
30歳 前後でしたが
銀縁眼鏡のふちを
親指と人差し指で固定する仕草と
その瞬間だけ への字に固まる唇が
きょうじゅっぽい から
教授でした

わたしにとって
K村教授は 振り子と同じ
揺れかたで 話す
おとなの女の声でした

「 こうゆうときに出てくる
  知らない映像こそが
  いまのあなたを 作っているの
  あなたを苦しい いまに 連れてきている
  わかるかな 」

「 ねぇ?
  どんな気持ち ?
  なにが 見えてる ? 」

その
女の声は ずっと
わたしを 壊れものとして
扱っていました

バタンと
園長室のドアが
閉まり ふたりきりになると

女の声は
いきいきと
輝きはじめます

とても
楽しそうで
誇らしげで

しかし
その声を 俯瞰すると
雨あがりの夏空が 映った
砂利 駐車場の水たまりに
墨汁を 垂らしたような色で

さらに 細かく鋭い
無数の突起が密集した 渦を
その内側に はらんでいました

言語化するの
めちゃ 苦手ですが

そして いつも
ヒリヒリと

ヒリヒリと
壊れもののこどもを
探している
痩せこけた 野良犬のような
声 ...

てゆうか
色彩でした

音としては
ひかえめな 感じの
人間の女のひとの 声なのだけど


ああ
ごめんなさい

きゅうに
へんなこと

意味 ふ め い
でしたね

わたし
母親が いなくなった
七日目の晩から
どうしてか
わたし

わたしには
声に ほんのり
色や 形が ついて
見えておりますのん

だから
カラスが ゆっていた
あごのスイッチの話も
わりと すんなり
受け入れることが できたんです

むしろ
カラスも 人間と
同じなんだなって

人間て
孤独になると

孤独になると
世界の見えかたが
変わりますのん

* 当社比

それが
生きている
証拠なんです

* 当社比

施設の園長も
職員たちも パン屋さんも
そして 母親も
おそらく

母親が いたころ
声は 見えなかったので
これは 憶測なのですが

色彩の強弱は
それぞれ 違えど
どうゆうわけか
わたしのまわりのおとなは
そうゆう感じ

K村教授な
感じ

声の色彩や形状が
似たところがあるひとが
多かったです

ひらたくゆうと
憂さ晴らしが 必要な おとなに
囲まれてたとゆうわけです

ふふふ 笑

わかります

ストレス社会ですもの
わかります 仕方ないです

ゴォォォー ン

すると
記憶の古時計が
四回 低い音で 鳴るのでした

わたしは もっと
周囲のおとなたちの話を
聴いてやれば よかったのかな

ォォォー ン

記憶の 残響が
完全に 消えると

意識は
現在の病室となり
最後の白鳥の羽毛が
ベッドのうえに 降りたつところでした

すると
今度は はっきりと
誰かが 耳もとで ささやく声が
聴こえました

色は
わからない

けど
こどもの声でした

「 ねぇ わすれたの ?
  どうして おとなはこわれたこどもが ひつようなのか
  ちょうしりたくなって
  こわれたこども ちょう そっくりに まねして
  たんけんしたんじゃんよ
  どうして おとなは うちだけに ほんとうのきもちをみせるのか
  ちょう しりたくて ぼうけんにでたん 」

耳に
こどもの息がかかり
ちょう くすぐったかったです

ちょう くすぐったかったので
ちょう やめてほしくて

ちょう
耳をふさぐと

ひじに なにか
やわらかいものが あたる
感触が ありました

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