第29話

文字数 2,461文字

トン トン
トン トン

玄関のドアを
ゆびの関節の かたいところで 叩く
音が 聴こえたので わたしは 我に返り
扉の覗き穴で おもてを 確認しました

すると そこに いたのは
両腕を 組むようにして たくさんの 柚子を抱えた
N谷さんでした

どうしましょう
恐る おそる 扉を 開けると
こちらに ふわっと 柚子の匂いがして

その みずみずしさの
向こうから N谷さんの まっすぐな
まなざしを 感じました

「 あ これ
  いただきものなのですが
  よかったら どうぞ 」

所々 茶色が
混じった N谷さんの 緑色の声が
柚子の葉のように 風に 揺れていました

予感を
見越した 出会い

予感を
見越した 出会い
とゆうものは

その
経路 結果とは
対局的に
初々しいものである

とゆう
臨床結果を すでに
わたしは いくつか 持っているのだ

S淵さんも
その前の誰かも みんな
みんな 出会いのシーンは 版を押したように
恋のはじまりに よく 似ていました

その理由は
おそらく わたしが 特殊人間だと
勘違いしていた 彼らの 近くにいる
亡霊のようなものの資質が
ロマンチストだからだと 考察しています

女のせんぱいも
「 悪い男って なぜか ロマンチストなのよね 」
と ゆっていましたから

女のせんぱいは
ばかな女は ロマンチックを 本当の愛だと
思いたい 習性があるとも ゆっていました

わたし的には
悪い亡霊みたいなものは 単純に
現象の強弱を好む とゆうか

はじっこと
はじっこの感情を 極端な感覚を
嗜みたいのかな ってゆうのが
最終的な 検証結果です

チョコ
柿の種
チョコ
柿の種
チョコ
みたいな

「 えっと
  さっきのは 双子の妹のほうで
  たまに うちに 遊びにくるんです
  彼女は たったいま 外出しまして ... 」

「 ふ
  双子の妹 ?」

わたしの発言に 対して
N谷さんは 驚きに満ちた 黄色みのつよい
黄土色の声をあげたあと すぐに

「 そうですか
  そうですか なるほど 」と

宙を見つめながら
さめた目で 何度も うなずいていました

部屋に 来られることを
わたしは 望んでいなかったのだと
解釈したようでした

すると 突然
どうしたことでしょう

わたしの 胸部に
ぽつんと

ぽつんと
黒い点のような感触が
出現したか と思うと

それが 徐々に 直径 二〇センチほどに 育ち
ぽっかりとした " 穴 " になるのを 感じました

そして ついには
その穴が 空洞のようになり
ひゅう ひゅうと 冷たい風が
わたしの胸の 外側から 内側へ
吸い込むように 吹きはじめました

まるで
ブラックホール

しかも
強風です

すると
その空洞の出現と 同時に
N谷さんが 思い直したような顔となり
柚子を 玄関の床に 転がらないように そっと 置くと

「 じゃ
  双子のお姉さん
  今度 飲みにゆきませんか 」

と 英国紳士風な ポーズを作り
その自信に満ちた動作とは 対極的に
はにかんだ こどものような笑顔で こちらに
そっと 右手を さしだしました

特殊人間を
相手でなく 自分を検体として
扱うと とても 簡単に
わかることなのですが

これは
新しい恋のはじまりではなく

わたしの
心のブラックホールが
彼を闇に
吸い込むように 誘導したのだと思います

仮に もし
わたしが S D だったら

ここで
彼の好意の表現に
思わず 笑みがこぼれたような
顔を 即座に 創り

英国淑女風に 右手の甲をさしだし
二人で 笑いあい
打ちとけた空気が 生まれるはずです

そして わたしは スリッパを 用意して
N谷さんに 部屋に あがっていただき 蜂蜜湯か
炭酸水に柚子を搾ったものを お出しする

18時半過ぎ
南口 うり坊に 到着

二人で お酒を飲み
注文した 唐揚げにも柚子が 添えてあったりで
さらに 打ちとけるものの

その日は 速やかに
お互いの部屋へもどり

九八日目あたりから
きちんと 殴り 殴られの関係に
なれるはずでした

しかし
わたしは
S D を 卒業したく 存じます

だって 同じ繰り返しでは
わたしの体内で
うごめく
星座表の思う壺だからです

わたしは
運命の操り人形ではないのだ

斬新
かつ 果てしない

そんな わたしを
発見してみたいのです

「 N谷さん
  じつは 彼女は 双子の妹でなく
  わたしの S D なんです 」


S D
ってゆうのは
ですね

体内に星座表を持つ
ミラクル少女のこと なのですが

彼女は
運命の中毒患者みたいな
はかなさも
持ち合わせていて

てゆうか
運命が 悪趣味なほどに
わたしを そう仕向けてる 感じなんです

しかも
わくわくと
ゲーム感覚な 感じで

孤独と
中毒に
わたしを
したがっている

そんな
感じなのです


あなたは
ですね

ですね
あなたは

なにかを 予感して
わたしの部屋に 来たのではなく

じつは
わたしのブラックホールに
吸い寄せられて ここに来たのです

きっと
わたしと 似てる
色だから
吸い込まれて

柚子とゆう
口実まで 創らされて

N谷さんは
目を見開いたまま
自身の足元を じっと見つめ
やばいひとと 話しちゃったな
とゆう 脂の汗を かきはじめました

「 はぁ
  そうですか えっと
  なんつか えっと すごく
  ごめんなさい
  なんか すごく すみませんでした 」

N谷さんは
玄関のドアノブを 焦ったように
かちゃかゃ 回しながら

「 いいと 思います
  ひとは なにを思おうが
 自由ですから
  思うのは 自由だから
  全然 大丈夫です 」

そうゆって
逃げるように 出てゆく
N谷さんの 四角い背中を
目で追いながら
わたしは

彼が
残した 言葉

彼の言葉が
わたしの

わたしの
ブラックホールに
反響するのを
ゆっくり 目を閉じて
感じていました

「 なにを
  思おうが 自由 」

ひとは
なにを 思おうが
自由

「 思うのは 自由ですから
  全然 大丈夫です 」

そうか ...
そうだったのだ

体内に
星座表を持つ
ミラクル少女は

この
出来合いの
運命のなかで

なにを思うか
については
自由だったのだ


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