第3話

文字数 1,172文字

それは 金木犀の最期の残り香が消えた日
はんぶん夜みたいな 夕がたのことでした

バイトさきへむかう空き地のよこの坂道を
こばしりでおりて おりましたら
目のまえに熟した柿の実が ぴちゃっと
落ちてきました

びっくりしましたよ だって
こんなところに 柿の木は ありませんのですから

そして ふと みあげると 電柱のうえから
一羽の大きなカラスが ばさぁと 飛びたつのでした

そうゆえば 先週も
同じことが ございました

そして その翌日も さらに 数日とんだ 夕がたも
おとついも さきおとついも おそらく あさってだって
一羽の大きなカラスが ばさぁと 飛びたつのでした

今後 いくたび わたしは
この光景を目にすることでしょう

わたしは カラスに目をつけられたにちがいない
あの 大きなカラスに

カラスは 非常に あたまがよい
わたしは カラスに顔を おぼえられてしまったのだ
 
わたしの顔を おぼえたであろう
カラスは ほかのカラスより ひとまわり
ふたまわりほどの 大きさで
とくに あたまが よいようすでした

なぜなら わたしが 驚くほどに
ファッションを 変えてみても
めがねをかけても お化粧をほどこしても 必ず
そのカラスは わたしを みつけるからだ

そして たいがいは
よく熟れた やわらかい柿

あとは 殻つきゆでたまご
みどりびかりした カナブン
チョコレートの断片
歯型のついた ケンタッキー ...

そのことを 伝えようと
S淵さんに電話すると
「 テメ誰 ? 」
と 電話を切られてしまいました

そうでした
きょうは 水曜日では ありませんでした

そして 現在
いままさに電柱のうえには
その大きなカラスが いるのです
そのほかにも カラスは四~五羽ほど おります

そんななか あっけらかんと
なんでもない顔をして その大きなカラスは
まぎれこんでいるのです

ですから わたしは
本日は 黒いパーカーのフードを 深く
深く かぶって 顔をわからなくしてから
駅へむかう放課後の女学生たちの波に
そっと 身をゆだねるのでした

これなら さすがのカラスも わかるまい

カラスは ほかの一般のカラスらといっしょに
ちいさく羽ばたいたり かすれ声でおしゃべりしたりしながら
電柱のうえで たいそうくつろいでいるようすでした

その下を わたしはゆっくり
息をひそめつつも 平然と まえに進むのです

そして ついに わたくしは
その電柱を無事 通過することに成功いたしました

きょうは 柿もケンタッキーも
カナブンひとつ 落ちてきません

あの カラスも所詮
そのあたりにいる ふつうのカラスなのだ

黒いフードのなかで
そんなふうに わたしの鼻が 笑いました

そして 振りかえり
フードのすきまから 電柱のうえを見やると
大きなカラスは くちばしをカチンと
噛むようにゆがめて 言いました

「 試さんでください。」 



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