第8話

文字数 1,463文字

S淵さんは
水曜日じゃない日に電話したことを
怒っているみたいでした

指をうごかして
イライラしてみせたり
声をあげて おどろかしたり
と思えば
ちいさく謝罪したり

わたしが知らない アイスランドの
ローファイバンドの演奏が
わたしが壊したヘッドフォンから
聴こえているみたい

これでも
ふだんは ふつうに
ふつうに ふるまうことが できている
S淵さんですのん

それは
脳みそのせい
おとなの手型がついたまま 成長した
脳みそのせい ?

しょうじき
そんなこと もう どうでもよくて

近ごろの わたしが
気になっているのは わたしなのです

なんとゆうか
言葉にするのは むずかしいけれど
なんとゆうか こうゆうとき

わたしの内部に
ぽつんと あたたかい感情のようなものが
芽生えてしまうことでした

こんなことゆうと
けいべつされるのやもしれません

だけど
あたたかいのが 芽生えるのですから
しかたありません

そうゆえば
かわいそうは 愛でないと
女のせんぱいに 叱られました

だから
S淵さんと 別れろ
とゆうこと

だけど 夏目漱石は
かわいそうは 愛だとか なんとか
ゆっていた気がしますのん

べつに
愛じゃなくて
全然 よいのですが


だけど
よく どこかの本に かいてある
共依存という言葉では
たりないんです

たりないんです
このあたたかさに 関しては ...

わたしには むかしから
冷たいものをあたたかく感じる機能が
搭載されているのは たしかでして
どうしてか ?

それは たぶん
おなかが すいていると
なんでも おいしいじゃないですか

ふだん
そうでもないものでも
おいしいじゃないですか

あんな感じだと 思うんですよ

「 テメオラ 」

こうして
いつもの展開が
はじまりますのん

胸に芽生えた不思議な
あたたかさを 味わっているうちに
わたしは いつも
逃げおくれますのん

こんなとき
わたしは ながれ作業のように
じぶんとゆう わくから こころを
こころだけを いちはやく
逃がす手法をとるのでした

なぜなら
わたしのこころは
こうゆうのに 面とむかうと あとから
面倒くさくなるからです

面倒くさく
人間くさく なるからです

そのときは いいのですがね
からだはもう あとは 頼みますよって 感じで
さきに帰宅しちゃう店長みたいな感じですので
いつものように わたしはふうと ひとつ
おなかの底で ある覚悟を行うのでした

殺される覚悟とは
わりとナチュラルな医薬部外品
のようだと 思いますのん

効果があまりないぶん
お菓子みたいで 副作用といえば
生きながらえた場合

あとから わりとナチュラルに
いちどあきらめた いのちからの逆襲を
くらってしまうことでした

面倒くさく
人間くさく

殺される覚悟とは
それまで つみあげた
ささやかな日常 よい意味での
努力とか 友情とか

わるい意味での
努力とか 友情とか

どうでもよい
努力とか 友情とか 散歩とか
歌詞とか 変な顔とか コーヒーのおいしさだとか
コーヒーが まずいてゆうか
この店のコーヒー 酸化してて 腹がたつ
きのうから 楽しみにしていたのに とか

そんな 日々を
ぜんぶ 台無しにして
ふりだしに もどしますのん

しかし いまのわたしには
これが ベストなのでございます

そして
殺される覚悟とは
瞬発力こそが いのちです

こころを逃がす手前
ほんの前のめり〇・三秒

瞬時に実践せねば
みつかってしまいますからね

そうです
この覚悟をしたことは 絶対に
いのちには 内緒なのです

そして 今夜も
わたしは洗面所にある
ななめにひらく小窓から こころを
ささっと逃がすことに 成功いたしました

さささっ
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