第27話

文字数 1,556文字

台所の流しの
銀色のところに 置かれた
卵ごはんの 乾きかたで 時間の経過に 気づきました

その向こうの 磨り硝子の裂け目からは
ちょうど おとなり K谷さんの角刈りの先端が
彼の部屋へ 移動してゆくところでした

「 ってかぁ ー 」

今朝も 語尾にゆくほど
音量が増す K谷さんのひとりごとだ

冒頭の言葉は
いつも 聴きとれない
のですが

ですが
その語尾に のっかった
思いがけない 感情に
ときどき わたしは
持ってゆかれそうになるのです

そして きょうも

幾分は ほがらかに
歌うような 語尾の発声のうえに
のっかった 思いがけない
虚しさのようなもの
あらがうことのできない 弱さのようなもの

わたしには
水色に映る 情緒が
ぽつんと

夕立ちの
さいしょの 一雫のように
この胸に
波紋を起こすのでした

すると
驚いたことに
わたしの 両足が

習慣の奴隷
とゆう
名前が ぴったりな
わたしの両足が

自動的に ベランダの方角に
早足で 歩きはじめるのでした

夜勤明けの
N谷さんは 帰宅後は必ず
ほしっぱなしの洗濯物をとりこむことを
その 習慣の奴隷は 知っているようでした

一方 こちらの わたくしは
特殊人間についての考察を 深めたかったので
S D は そのまま 自由に 泳がし
観察することにしました

すると S Dは
S D(*習慣の奴隷の略)は
うまく偶然を よそおい
ベランダの手すりのところで
N谷さんと目が あったようでした

ベランダの
仕切り板の向こうからは
今日は あたたかいね とか なんとか
敬語では ない
今朝が はじめてでは ない
親しげな 台詞が 聴こえてきました

てきとうな
相槌を打ちながら
S Dは 微笑みながらも
頭のなかで

この感じだと
早くて 四〇日
遅くとも 一〇三日 ほどで
わたしたちは 殴り
殴られる 関係になるのでしょう

例外も
あるのかもですが ...

これまでの
臨床実験から その経過は
わかり過ぎるほど 明らかなのであります
などと めぶみしている様子でした

ははん
そこを 理解している
とゆうことは

S D
習慣の奴隷とは
中毒患者 もしくは ○○ の
ソフトな 形容だと感じました

S D は すでに
彼女の臨床実験で 明白なことを
また くりかえそうとして

その くりかえしすら
くりかえそうとして
やめられないわけですから
きっと 苦しい部分も あるわけです

しかし
この苦しみは サウナや 労働など
ビールが美味しくなる 苦しみとは 違って
ビールを ますます 不味くしますし

自分の感性を
腐敗させるような 苦しみなのであり
案の定 S Dは 自虐的な 冗談を思いつく 余裕もなく
おとなしく 苦しんでいるように 見えました

だからとゆって
治療をうけたり
カウンセリングや 薬物によって
なかったことに されてしまったら

それは 一般的には
ゴールかと 思われますが

わたしの目的は
治療でなく 探求なので
治療や薬物によって
純粋な苦しみに 歪みを 生じさせたり
実態わからず仕舞い になることは
一番 避けたいことなのです

また
わたしが 探究を深めたい
特殊人間の不思議が
医師やカウンセラーの 一症例に
成り下がったり
外部に 漏洩するおそれもございます

大切な S Dよ
ちょっと 許してくださいね

いたたまれなくなった
わたしは 仕切り板ごしに N谷の
角刈りを 褒める S D の腕をつかみ
ベランダから部屋へ ひきもどすことに 成功しました

そして S Dを
ベッドに 横にして 胸をひらき
そのなかを 診てみることにしました

この わたしこそが
特殊人間であり ミラクル少女であり

我が 検体で あると
思い出した あの瞬間から

唯一
この わたしが
わたしの一番の理解者であり
よき医師であり カウンセラーである

宇宙で たったひとりの
資格取得者なのだから

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