第21話

文字数 1,581文字

徐々に
固形にもどりゆく
日に 三度の食事を
淡々と 体内に 取りこむことで

聴力や 視界だけでなく
思考もクリアに なりました

そもそも わたしは
S淵さんを 観察する目的で
付き合っていた

特殊人間
複雑な人間性の
解読を深めるために

しかし
S淵さんは もはや 検体違いで
わたしが 研究すべき 特殊人間は
わたし自身であることを 思い出してしまった

ただ 慰謝料を申請するためには
弁護士にまで 会って さらなる 被害者ぶりを発揮せねばならない

もはや 研究に 意味を成さない
S淵さんとのデータを 掘りかえすことに
虚無的な 上の空感を 感じました

昼食のあと
病室に 婦長さんが 入ってきて
「 ちょっと空気を入れ換えましょうか 」と
窓を 20cmほど 開けて 出てゆきました

パイプベッドに かけておいた
黒い綿毛の羽根に 破れたダウンの
繊維を結んだものが その隙間風に おおきく揺れると

窓の外の駐車場から
年の瀬 家族のお見舞いにきた人々の
世間話が 聴こえるのでした

白い息づかい
着尽くしたコートと
たばこの匂い
ケータイの着信音
大変 お世話になっております

ザ し ゃ ば の 空 気

ほんとうは
ものすごく 動揺している

ここで
からだを 治して
退院しても もう
もとの自分には
戻れない

ここ数日に 起きた 出来事
控えめに とらえると わたしの 思い込み
なのですが

なんだか 脳のなかが
激動過ぎて ...

いつか
カラスが 伝えてきた
異次元的な話が なんだか
現実味を 帯びてきたし

わたしが 特殊人間だったと
思い出したことも 後から じんわり
衝撃でしたし てゆうか
それを こどもの自分に 伝えられたことも ...

こんなとき
これまでだったら
淡々と

淡々と
衝撃とは
真逆の行為

例えば
日常生活を 無難にこなす
部屋の掃除とか バイトとか 節約ごはん作りとか
実務的な手続きだとかに 専念して

衝撃を
中和することで
正気を保ってまいりましたが

今回 ばかりは
こころの革命度合いが 激しく
これまでの やり方では
アクセルとブレーキを 同時に踏むような 矛盾に
むしろ 正気を 失いそうになります

ですから
今回は こうして
日々 淡々と

病院食を
消化 吸収 排出することに
ひたすら 集中しているのですが

肉体を修復すること
= 革命に適応する タフな からだ作り

つまり
この 日々淡々とした
冷静沈着な 入院生活こそが
革命を受け入れるための 反逆行為であり
うちなる 情熱の実践 なわけで

そして これも また
特殊人間を深めるための 研究のひとつ
な わけでして ...

すると
ふたたび 病室に戻ってきた
婦長さんが 窓を閉めたあと わたしに
パンパンに ふくらんだ封筒を 手渡してきました

「 これ あなた宛の郵便物です 」

冷たいくらい 事務的な所作で
婦長さんは 病室から たち去るので
封筒を 確認すると
それは 現金書留で 送り手は S淵家でした

「 シノって名前 お母さんかしら 」

封筒のなかには
なんと 半年は 暮らせる現金が

ひとによっては
1ケ月かもしれませんが

入っていて 驚愕しましたが

診療時間
終了後の 廊下に 響いていた
看護婦たちの 会話によると

この現金は
公的に慰謝料請求をさせないための
口封じ金とのことでした

なるほどです
そうゆうことですか
なるほど
現場の声は 冴えています

そして
それから 数日後の朝

わたしの腕から
点滴の管が ひとつ減ると

病院食より
自作の味噌汁とごはんのほうが
体力回復に有効だと 感じました

わたしは その封筒から
さまざまな 清算をすませ
数週間ぶりに 自分のアパートへ 戻ったのです

つまり
わたしには もう
弁護士に会って
被害者を演じる必要も

この数ヶ月は
仕事に専念する必要もなくなり

つまり
逃げ場は なくなり

特殊人間 ミラクル少女と
向き合う以外 なにもない 生活が はじまったのです



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