第24話

文字数 1,403文字

明けがたの
白い夢は いにしえの記憶
母と暮らしていたころの わたしは
〝のんきちゃん〟と 呼ばれていた

母からみた
わたしは そう 呼びたくなるほどに
のんきだったのでしょう

のんきちゃん
のんきちゃん のんきちゃん

ちゃんのところの
言いかたが 口をつぼめて
声が ちいさく 低くなるので

それを 聴くとき
わたしは とても 愛されているような
まさに のんきな 気分になったものでした

そんなところのある わたしでした

そのようななか
なんの まえぶれもなく 宅配便の
おじさんと いなくなってしまう

そんなところのある 母でした

いまの わたしなら
その まえぶれに 気づけたかもしれません

おだやかさと 優しさと
冷たいは よく 似てると 思います

母を 思い出すとき
いつも わたしのこころは

おだやかで 優しくて
冷たい からです

そこに 矛盾はない

母には 絶対
幸せになってほしい
だって

いかにも
幸せに なれなそうだもの

台所から
炊飯器の音がしました

わたしは 冷蔵庫から
腐らずに 干からびてくれていた 玉ねぎと
わかめを見つけて お味噌汁を作り
お茶碗によそった ごはんの真ん中を くぼめて
卵を割って 箸で 黄身をくずして そこに
お醤油をかけました

そして
ひとくち

すると
なぜか ふいに うわっと
嗚咽のようなものが こみあげてきました

腹部からうえの
筋肉が ゆうことを ききません

わたしは うぉぉ
と 嗚咽しながらも 頭のどこかで
ごはんを食べながら 泣くのは 久しぶりなものだ
と 考えていました

たしか 前回 泣いたのは
今朝の夢に出てきた 母と住んでた あの家で
母がいなくなった 七回目の朝でした

それまでの 一週間は
部屋じゅう どこを見ても さまよっていた ささやかな期待が
絶望に しかと 固定された 七日目の朝

それは
のんきちゃんの初七日でした

はじめて 自分で
自分のためだけに 作った
乾燥わかめのお味噌汁とごはんを 一口
くちにした 瞬間でした

「 涙はどうして
  こんなにも 熱いのだろう 」

台所のステンレスに
わたしの涙が落ちると その周辺が
ぽわんと 白く曇ります

もうすぐ 11月
身も心も 凍えそうな わたしから 熱い
こんなにも 熱い
液体が 分泌する 不思議です

何滴も 何滴も
冷めることなく ずっと 熱い
熱い 液体

きょうの わたしも
あの朝のわたしと 同じ疑問を
抱きました

わたしのなかに 体温が
わたしより ずっと 熱い 別の生き物が
棲息しているのでは ないだろうか ...

「 あなたは誰?
  誰ですか ? 」

しんとした
午前中の木造アパートに
わたしの声が 響きました

わたしの体温より 熱い
別の生き物よ

「 あなたは わたしの味方ですか 」

割れた 台所の窓ガラスに
心細い わたしの声が ちりちりと
残響しました

「 あなたは 誰なのですか ? 」

” ... イグジット ”

すると
ほんの 微かな振動が
破れた 窓ガラスと わたしの鼓膜を
内側から 微動させました

" ユー アー イグジット ”

この振動は
ほんとうは 言語外伝達で
わたしが 理解できるように 人間の言語に
アレンジされたものであることが なぜか
わたしには わかりました

「 わたしが 出口 ?
  てゆうか イグジットって
  出口 でしたっけ ? 」

その声は
わたしの質問を 無視して
その声の正体でなく
こちらの正体を なぜか英語で
伝えてくるのでした

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