第6話

文字数 2,138文字

「 おや、聴こえてます ? 
  吾輩は、貴方が可哀想なので止む追えず。
  可哀想だから声をかけました。」

遠くで 夕刻を知らせる
オカリナのような電子楽器が
滑稽なメロディーを奏ではじめました

そうです
わたしは もっとべつの
重い

てゆうか
もしかすると
ちゃらいのかもしれない回答を
期待していたのだと思います

てゆうか
なにかが はじまりそうな

ですから
それから 数秒間は

数秒間は かつて
このカラスに 電柱から 落とされ
ぴちゃっと 液体化した 柿のような

ぴちゃっとなった 期待を
おおいかくすための無表情を
がんばりますのです

しかし
カラスは そのような わたしの
一生懸命を よそに

わたしが
可哀想である ゆえんを
翼によるジェスチャーを もちいながら
説明しつづけるのでした

さらには
わたしの可哀想を
実証するためでしょうか

不思議な身のうえ話まで
語りはじめる しまつでした

「鷹や梟、野良猫や鼬、狸、猿、猿人など、凡ゆる天敵から身を守るため、更には、滋養を獲得する為、即ち、生きる為だと吾輩は認識していたのです。実を言いますと吾輩は生後四九日辺に、其れ迄の視界とは全く異なる、世界が色彩として映るスイッチを、嘴の奥、下顎の中心部に発見致したので有ります。
 皆も等しくであろうと親兄弟、先達烏にスイッチを提示したところ翌朝から村八分となり、徐々に血縁もよそよそしく一匹烏と成りました。其処で初めて吾輩の異常性を自覚致しました。其れ以来、スイッチの件は誰にも口外せず、必要が有らば鳥目の仕草なども駆使し集団に巧く溶け込んだ訳です。」

「 はぁ ... 」

「 このスイッチは霊長属で謂う処のサアモ映像だと炎属天狗総裁から学びましたが、その晩の夢で、この視界は熱分布だけでなく、精力分布、表層意識、深層真理にも及び、強度鮮度速度胆力をも色彩の明暗濃淡として厳密に可視化している旨を闇の妖精属から受信した訳です。

 下顎のスイッチをオンに為れば、大概の哺乳類、鳥類は薄黄色、橙、レッド、赤紫等の暖色系の渦に生息し、同属同士で連帯し活動も俊敏であるが、稀に同属から外れ、魔界エリア寒色系グラディションの渦に吸収寸前の薄弱な輩が居ります。

 吾輩は三年程前から、お恥ずかしい話ですが、吾輩は中高年層に昂じ体力温存の為、其れら魔界エリアに存在する生ける屍を最善の餌と認識するように成りました。
 
 然しながら、このスイッチですな、天敵が現われた場合も、軽く殺るか、皮骨まで剥ぐか、仲間を募り集団で殺るか、速攻退散するか、色彩が全ての指標と成り何度命を救われた事か。」

「 はぁ … 」

「 このスイッチを切り忘れ休眠致すとな、
  夢まで色彩の視界に成るのですぞ、此れが。
カッ、カッ、カッ。」

カラスは これまで
誰にも 言えなかったことを
話すことができて 「うれしカァ」と
すんだ瞳で遠くを見ていましたが
わたしは 複雑でした

なぜなら
カラス曰く

わたしは圧倒的に
群からはずれた 手つかずの崖にいる
生きる屍 そのもの なのだそう

しかし
ここは 東京だからか
ふつうに バイトとかして
脈拍もトクン トクン うっている

うすい社会性
人間関係も あるようだから
捕獲するには ハードルが 高い

かりに がんばって 捕獲しても
七つの子は すでに自立して
現在 一人暮らし

四〇キロ以上の人肉を
加工処理 しわけするとなると
冬にむけて 体力が心配 …

だから
捕獲しない 前提で
距離をおいて 生きる屍を
観察してみた

すると
死んでもいない
生きてもいない
どちらでもない 感覚が
いきものとして 意味不明

かつ
感情が あるようなので
非常に いたたまれなく

熟した柿 カナブン
ケンタッキーとゆった
カラス界では 不老不死食と名高い
滋養フードを あわれなる 生きる屍に
おあたえくださっていた
とのことでした

「 わかりました
  次回から 柿とかは 全然
  全然 けっこうですから 」

わたしは 左の手首の
架空の腕時計をながめて
忙しそうに その場から はなれました

もう つかれました

ふつうの顔作りに努力するのも
忙しそうな演技をするのも

なによりも
他者の感情に期待することには
ほんとうに つかれました

もし わたしが
もうほんのすこし いまよりも
生いたちが 不幸だったり
頭がよかったり

特別な技能とか
才能とか あったのなら きっと 今夜
俗世の執着から 解き放たれ

自室にて
自決する こころが
ととのうのでは あるまいか

もしくは
野カラスにさえ 憐まれる
みじめさをも 武器とか
バネとかにして

このヒリヒリとした 焼け野原を
生ききるてはずを 整えたのかもしれません

しかし この わたしは
小走りにさえ つかれて
徒歩で 駅までゆくのが やっとです

信号機の故障で
二五分おくれの電車に
最後尾で乗るのが やっとでした

すると
扉の窓からみた
建物にはんしゃする夕日が
あまりに オレンジ色で

オレンジ色 過ぎて
まぶしくて 目を細めました

地元駅に着き
自動改札を出て キヨスクで
ガムと水を 購入しました

さびしか 知らない
ふるい流行歌をくちづさみ
くちづさみ

部屋に 着くころには
いつもの わたしにもどっている

そいつが
お れ の い き か た


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