第12話 ハイアラーキー・ホール

文字数 3,935文字

 五大機関のロンフー以外の四ケ所が、すべてデクセリュオンに同意すると伝えて来た。全ての時空機関がミカ・ヴァルキリーの戦いを中継で見ていた。ミカ・ヴァルキリーの猛威を、驚愕を以って見ていたに違いない。五大機関は晶の司令下に入った。だが人馬市だけは、沈黙したままだ。
「いよいよ、その時が来た……」
 晶は、ミカがシャンバラのゲートへ辿り着いた事を知って呟いた。
「人類のこれまでの歴史で、アイに反旗を翻した者はいないか、あるいは居ても、必ず彼女によって滅ぼされてきた。もし、この革命が来栖ミカによって実現するのなら、あなたは人類初のアイに勝った反乱者になる」
 怜は皮肉っぽく笑みを浮かべる。
 世界の運命と、捕われた原田亮を賭けた最終決戦が始まろうとしていた。

 シャンバラへの入口、アルカナゲートは強固な時空迷彩によって隠されていた。そしてゲートキーパーたるケルビム、ドライバー軍団の生命体の残滓が依然として結界を形成していた。
 それは色とりどりの光を放ちながら、周囲二〇キロ四方に広がり、入口を特定することを許さなかった。たとえ時空研のヱルゴールドでも、時空迷彩を破る鍵は持っていない。しかし、メタルドライバー・ウォリアーが出現した付近に、アルカナゲートが存在することは確かだ。
「金閣寺、頼んだわよ!」
 ミカが期待するヱルゴールドを以ってしても、アルカナゲートの位置を簡単には見破る事は簡単ではなく、時間だけが流れていく。このままでは亮が……。
 突然、ミカは那月のアメジスト・ソーシャル・ネットワークの事を思い出した。
「怜さん、もしかすると那月がヱルアメジストで、他の秘密を発見してるかも。時輪経の他の断章を-----」

 晶と怜は訳が分からず、お互いを見た。
「そんなはずない……けど」
「調べてみて。私には何となく、那月が何かを発見したような気がするの」
「分かった。じゃヱルアメジストと接続する」
 怜が、ヱルゴールドからヱルアメジストのASNに入ると、別の時輪経の断章が解明されていた。
「五芒星の中心にあり」
 時輪経の断章らしき一文が、ASNの中の那月が書いた多くの雑文の中にまぎれている。怜はまさかと思ったが、那月の携帯と同じようにタイマーで時が来ると解除される仕組みになっていたらしい。

「アイの秘密が一つ分かった。アイが巨蟹市を去った夜、私は密かに天文台のコンピュータで追尾した。このコンピュータは、月を通信衛星の代わりのように使える。月だけは時空改ざんに捕われない、外の世界だから、ありのままを映し出す。あの巨人が消えたポイントが分かった。私はそれを正確に計算した。それが、時輪経のいう五つの山頂が作り出す五芒星の中心」

 と書かれている。
「きっとそれだよ。金閣寺、計算して」
 ミカは、ヱルゴールドから送られて来た周波数のアストラル波を山脈に向かって送り込んだ。山脈の中で、山の峰がきれいに五芒星を形成している場所が存在した。その中心をルビースピアーで穿つと、光り輝くペンタゴン・ピラミッドが出現した。そこへ、ミカのアストラルボディが透過すると、地下へと続く光のシャフトが見えた。
「見つかった……。那月、ありがとう。あたし達、ずっと一緒だよ!」
 ミカはアルカナゲートを通って、地下の大深度を降りていった。
 通路内は、アストラル界のようなエネルギーの流れに満たされていた。ミカはその流れに乗って、下っていった。

 突如、足元に巨大な空間が現れた。そこはまるで地上に出たような世界だった。海が存在している。
 海の中の大きな陸に、水晶の摩天楼群が見えた。ナビゲートするヱルゴールドは、「そこだ」と指示する。摩天楼群の中にヱメラルドの大神殿が見えた。その地下に目的地があるらしい。
 ミカ・ヴァルキリーは大神殿に入ると、ハイアラーキーホールに降り立った。ハイアラーキーホールの天井は三百メートルあり、百メートルの身長のミカ・ヴァルキリーでもすっぽりと収まった。
 三百人の伊東アイがずらりと並んで、来栖ミカを待ち構えていた。ミカは無数に居るアイを見て、ぞっとした。これは恐らく、中枢神経を司る分身たちだ。が、ここシャンバラには無数のアイがいるようだ。あちこちに分散し、作業している気配が感じられる。「三百伊東アイ委員会」は、ほんのごく一部に違いない。
 ホールの中の伊東アイたちは、国会議事堂のような円弧状に並んでいるデスクに整然と座っている。
「三百人も集まっていると、気持ち悪い」
 無気味に静まり返ったホールの中、ミカ・ヴァルキリーの声だけが響く。
「降伏しなさい。シャンバラの女王。あんたの頼みのケルビム達は、私の美声に聞き惚れて全滅したわ。どうやらもう、あんた達には、わたしに敵う武器は何もないみたいだね!」
 伊東アイのクローン達は、一斉に巨大なミカをじろっと見た。完全に目の動き、顔の動きが一致している。
「あなたに対抗できる力を人類が持った事が恐ろしいかしら? ----亮を返して! 今すぐあなたたちを全滅させる事だってできるわ!」
 すると一人の伊東アイが静かに立ち上がった。
「あなたは本当にバカね。彼らの忠告を聞かずに、メタルドライバーを全部破壊してしまうなんて。ウォリアーたちが、あなたがフォースヱンジェルになる事を警告したのは、フォースヱンジェルが復活する事で、人類の中の、ブルータイプと戦った記憶が呼び覚まされ、二つの種族の問題の恒久的解決に、永く苦しい戦いをしなければならないというエネルギーを呼び込むから。これからあなたたちと、ブルータイプの長い戦いが始まる。これまでの戦いが、ほんの前哨戦に過ぎないような-----。二つの種族の和解は、その先の遥か向こうへと押しやられてしまった。あなたが、フォースヱンジェルを復活させてしまった事によってね……。十二のウォリアーたちを破壊した事は、自分達の武器を放棄したも同然よ。ディモンと人との、どちらが地球の支配者になるかという戦いのカルマは、過去の時代のものなどではない。一向に終わってなどいない。ディモンとの戦いは、これから本格的に始まるでしょう。わたしのシナリオ修正も、困難かつ、複雑なものとならざるをえない------」
 白羊基地にたびたび顔を出していた、アイ36が代表してミカに挨拶した。伊東アイは、原罪を背負った人類の苦役とその行く末を予言する。そして、そこに集まった三百人の伊東アイのクローン達が、「バカね」を繰り返した。その、一糸乱れぬユニゾン。

 バカね、バカね、バカね、バカね、バカね-----------

 連唱がホールにエコーした。
「うるっさぁーいいっ。分身共に用はないわ! アイ1は一体どこに居るのよ? アイ1に会わせて!」
 ミカ・ヴァルキリーの怒号が大ホールに響き渡り、「バカね」の連唱がかき消された。

「あそこには居ないわ」
 モニターを見上げて、晶が言った。
「えっ」
「オリジナルは、髪の色が違うのよ」
 晶は、唯一の金髪碧眼の伊東アイの不在に気づいている。

「来栖ミカ。原田亮はアイ1の元に居るわよ。ここからもっと下に。そう、ここよりずっと下、地球の核付近にある世界、光シャンバラに。--------そこで、アイ1があなたを待っている。アイ1からよく話を聞く事ね。ちょっとその身体では大きすぎるわね。元の体に戻ってくれるかしら? そうしてもらえると、ありがたいわ」
 アイ36が言った。
 三百人の伊東アイが一斉に見上げて、ミカの反応を待っている。
「ははぁ……。また、私を罠に仕掛けるつもりでしょ? 無駄なあがきね。言っとくけど、もう私にどんな手も通用しないわよ。あんた達のたくらみは、このルビースピアーが粉砕するんだから」
 ミカは語気を荒げた。
「心配しなくても、罠なんか仕掛けない」
 空席になっている議長席が、床の下へと下がっていった。眩い輝きを放つゲートが現れた。スムーズな展開すぎる。ここへ来ることすら、仕組まれていた事のように感じられる。どうやら、アイ1がミカを光シャンバラへと誘う手筈が最初から整っていたようだ。
「フン、まぁいいわ。晶さん、私ちょっと行って来る」

「ミカ」
 晶は、ミカに全てを任せてよいのかどうか迷った。アイ1は、超絶的な力を持つ存在であるという。果して戦闘天使として再誕したばかりの来栖ミカが、老獪なアイ1と一対一で対峙して、勝てるのだろうか。無事で返って来れるのだろうか。しかし今は、何事も十七歳の少女に一任するしかなかった。

「大丈夫、私はもういつでもヴァルキレーションできるから。金閣寺に直接増幅しなくても、遠隔でも十分にね」
 ミカはそういって、元の身体の大きさに戻った。格好はミカ・ヴァルキリーを維持し、ルビースピアーも持っていた。ミカはゲートにひょいと飛び込むと、アストラル流を降下していった。
 ずいぶん下まで降りたと思った頃、突如、また海のある空間に出た。上よりもっと広大な空間に感じられる。だが、その海は水平線がなく、遥か彼方で競り上がっていた。つまり、地下空間の壁面に海が広がっている。海に沿って飛ぶと、いくつかの大陸があるらしい。
「ここよ。来栖ミカ」
 アイ1の声が聞こえる。と同時に、金髪碧眼のその姿が脳裏に浮かんだ。
 声に誘なわれたミカは、大陸の一つにある巨大ドームへ降り立った。中に入り、そのドームの地下へと通じる穴へと入った。
 通り抜けると、ミカは驚いて立ち止まった。
 ミカは、明るい配色の宇宙空間の中に浮かんでいた。
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