第8話 ユニティ・クライマックス

文字数 6,838文字

 --------原田亮クン。
 君は来栖ミカが好きなはずだな? ずっと憧れを抱いて生きてきた。戦いとは、ディモンを倒すことだけではない。それとも、想像していた戦いと違うというのかな。原田亮クン、君はあまりに悲壮的すぎる。それが恋の想いとぶつかり合い、矛盾している。君の中には、数多くの戦いの悲壮感ばかりが漂っている。敵を倒し、地球を救いたいという気持ちは十分に分かる。だが、それならば、この計画の為に必要な要素は《喜び》だと、気持ちを切り替えてもらわなくてはならない。ヱンゲージとは喜び、安らぎ、そして愛だ。君が苦しい事ばかり、辛い事ばかり経験してきた事を私は長い事、君を観察してきた事でよく分かっている。恐怖にとらわれ、怒りに囚われた時、ディモン軍にそのエネルギーを補食されてしまうと、殺された仲間たちに教えられただろう。かといって、心に堅いガードをはり巡らしすぎてもいけないのだ。今こそ、心のガードを取り去るときだ! もっと気持ちをおおらかに、解放させるべきときに解放させなかったら、絶対にこの計画は成功しない。君の考えている事と全く逆のベクトルなのだ。心が完全に自由でなければ、世界は救えないぞ。

 ヱルセレンの、亮に対する言葉が響いてきた。スクリーンは、ミカの作り出した壁であると同時に、亮の作り出したものでもあった。亮の側からは、ヱルセレンがサポートに着いていた。
 唐突にミカは亮の姿が見えたような気がし、同時に割れる瞬間のイメージが見えた。
 亮の頭上に、巨大な黒い船の形が幾つも押し寄せてきていた。あれが、ダークシップ。地球ディフェンスシステム、つまり磁気シールドが溶けて、敵艦隊が出現したのだった。
 ミカは決心し、最後の一撃を食らわそうと走り出した。
 スクリーンが壊れるイメージを見失わないうちに、ミカは拳をスクリーンに撃ち込んだ。拳には虹色のスクリューのようなオーラがまとわれている。
 微細なヒビが、光のラインになってスクリーンを無限に走ってゆく。甲高い衝撃音を伴い、時空を隔てていたスクリーンはガラスのように崩れて全壊した。
「来栖! 来栖ミカ!」
 亮の自分を呼ぶ声が聞こえた。
 二つの世界の空気が流れ合い、突風を生み出した。ミカの世界から亮の世界へと、風が流れ込んでいった。向こうに原田亮が拳を握って立っていた。亮も壊そうとしていた。二人の力で壁は壊れた。ミカの手は、傷ついていない。ミカは長い黒髪のツインテールを風にバタバタとなびかせながら、壁の裂け目から張り裂けんばかりの声を出した。
「あたしだよ、亮。原田亮。戻ってきたんだよ!」
 亮の姿を確認した。亮はミカを見あげて手を伸ばしている。金が素早く穴の中に飛び込み、二つの世界を連結した。二つの時空を遮っていた壁はあたかもガラスのように砕け散る。ミカと亮の手が結ばれると、激しく眩い光が両方の世界にスパークした。
 ミカは都庁の一階フロアに降り立った。あぁ私の聖地。二人は抱き合った。
「やっと会えた……」
「俺は絶対会えると思っていた」
「わたしも。会えて嬉しい」
 頑張ったかいがあった。本当に出会ってよかった。生きててヨカッタ……。
 帝国に渦巻く、憎悪、怒り、それらダークフィールドの毒々しい洪水は、金が作り出す結界と、二人から発せられる光のパワーに完全に圧倒され、二人には届かないようになっていた。
 二人のハートに、ヱルセレンが流したバッハの「トッカータとフーガ」が響いてきた。
「あのね、あたしも、亮の声、心の中にずっとずっとあった理想の声だったんだ。その声のこと想像して、こんな風に語りかけて、その声を聞く事が、私の中でずーっと励みだったの。私、その事を伝えたかった」
「俺には、君の歌が聴こえてきた。まるで宇宙から降り注ぐようだった。どこまでもこだまする歌だった」
「わたしさ、歌ってた」
 亮は空を見上げる。黒い艦隊が目の前に迫ってくる。世界中の闇を食い付くし、食べるものがなくなった強大な大食漢である愚者が、最後の食料を求めて襲って来た。黒い船団から地上に光が放たれる。都庁のタワーの力で、辛うじて保たれていた周辺の摩天楼が、一気に瓦解を始めた。
「俺、来栖の事が好きだ!」
 亮には、自分から告白しなければならないという決心があった。前の時の失敗は、自分の躊躇に原因があった。だから、今度こそ――。
 ミカの長いまつげがゆっくりと下がり、目が閉じられていく。
 新宿の全てのビルが粉じんを吹き上げ、轟音と共に崩れ、マグマに飲み込まれていく。その中で、二人はキスをする。
亮に包み込まれるように抱き締められて、初めての一体感を感じた。
 ミカの中へ、高次元からライトフィールドの衝撃波が襲ってくる。洪水のように流れ込んでゆく。二人で一つという感覚の中、ミカは嬉しくて嬉しくて泣きながらエクスタシーに浸った。宇宙の創始から終焉までそうしているようだ。
 ミカの身体に、どんどんライトフィールドが蓄積されていく。ミカの白い肌がブワッと虹色の輝きの光彩を放ち、ライトフィールドがにじみ出す。ミカの全身のバッテリーを充電し、今にも爆発しかけていた。
 この、固定化され、限定された形を持つミカの身体の中に、途切れることのないライトフィールドエクスタシーがたまっていく事が耐えられない。ライトフィールドは自由を求めて、身体の外へと出たがっていた。しかし亮がギュウギュウミカを抱き締めるので、身動きが取れない。その為にライトフィールドはミカの体内で爆発寸前だった。このままではミカはとても苦しい。
 ミカは叫んで、亮の腕の中で、罠に掴まった小動物のようにバタバタのたうちまわった。ライトフィールドエクスタシーがミカの全身から溢れ出すように放出され、気を失いそうな快感が雷のように襲いかかる。
 ミカは背骨がビキビキいうくらいのけ反った。十回衝撃を数えたが、あまりに続くのでそれ以上は数えらない。
「ぉかシくなりそう」
 ミカはうわごとのように呟く。

    * * *

 屋上のミカは体育座りのまま、肩を震わせ、いや全身をガタガタといわせ、感激にむせ、溢れる想いに必死に耐える。嬉しさのあまり鼻水を拭くこともなく泣いている。

    * * *

 光の洪水はミカから亮に向かって駆け抜けていく。途切れることのないライトフィールドの循環の流れの一貫となり、ライトフィールドエクスタシーは亮から、二人の頭上に二重らせん状に立ち上って、世界に向かってビームになって発散していった。やがて、ミカと亮の境界線の輪郭が失われていく。
 二人は、空を飛ぶ巨大な蝶のような形をした虹色のオーロラの光彩へと変化した。彼らは全宇宙の全時空、全時間、全存在の中心を漂っていた。
 ミカと亮は大爆発した。ミカは無意識の世界で自分がダイナマイトになった感覚を味わった。大爆発を起こしたというのに、亮の存在は確かに近くに感じられた。一瞬の静寂。エネルギーの竜巻が上昇し、白く輝く光のドームなって、一瞬にして世界に拡大していく。二人は眩く輝き、その光は一瞬にして建物全体を包み込んだ。
 都庁から世界に向かって真っ白な輝きが放たれた。焼けた大地が夜空を赤々と照らす中、突然朝が訪れたような明るさが訪れる。世界に音がなく、静けさが支配する中、都庁のてっぺんが丸い巨大な光の玉に包まれて輝いていく。輝きは一気に膨れ上り、マグマから僅かに頭を出す新宿の摩天楼群を包み込んだ。静けさの後爆音と共にビルが、次々アイスクリームのように解けて崩れた。黒い船の船団も光のドームに吹っ飛ばされた。光は惑星のグリッドに到達し、光は一瞬でグリッド全体に拡大し、地球を包み込む。全てが純白の光に包まてゆく。

 二人は何もかも、一切の時空、全ての存在を超越した中心に存在している。そこは何も動かない、ゼロポイント。時間すらも超越している。過去、現在、未来を俯瞰する位置に二人は存在している。そして、ゼロポイントの周囲には、カオスが取り巻いている。

 時間……
 空間……
 快感。

 ゼロポイントに存在するミカであり亮である二人は、始まりであり終わりだった。原田亮、ライトフィールドの発信源、ミカは亮から来たライトフィールドを受け止める受信体。エネルギーの始まりと終わりの両極が、現在完全に均衡した「超対称性」を保っている。
 二人の体に開かれた八つのメインチャクラに連動して、百数十のサブチャクラのすべてが開く。エネルギーはチャクラを通して循環を始めた。アルファからオメガへ、オメガからアルファへとエネルギーは激しく回転している。
 二人のエネルギーのキャッチボールによって、二人よりさらなる高次の虚空からライトフィールドが引き込まれていく。ミカと亮のゼロポイントの周りを回転してカオスの全てが動き出す。カオスの中で、らせんのエネルギーが巨大な渦巻きを発生させる。渦巻きは明るい部分と暗い部分を併せ持ち、巨大な台風の姿をしている。ゼロポイントの周囲にひときわ激しい回転運動が起こり、超対称性がわずかに崩れ去る。ミカと亮はカオスから「時間」と「空間」を発生させた。時間の経過と空間の移動により、純白の輝きを放つ回転運動はらせん状に展開していく。

 あぁ新しい宇宙が産まれる。
 十のマイナス四十三乗秒後、十のマイナス三十四センチの極小宇宙が誕生した。十のマイナス三十六乗秒後、インフレーションが起こった。猛スピードで十の五十乗倍に膨張していった。拡大していく渦巻きの運動体は、四方八方に展開し、物質、エネルギーが充満した重力と基本相互作用に分離した。
「光あれ!」
 十のマイナス三十二乗秒後、何もなかった暗黒に、超高温度、超高密度の火の玉が出現した。ビックバンである。来栖ミカの東京と、原田亮の異東京が合一し、第三の宇宙が産まれた。十のマイナス十二乗秒後までに、宇宙は一〇二八ケルビンまで急激に冷却していった。
 ミカと亮は、宇宙を光と暗黒の領域に分けた。
 宇宙は再加熱した。クォーク、電子、ニュートリノが支配した。
 十のマイナス十二乗秒後、超対称性は破れ、強い力と電磁力が分離した。さらに宇宙の温度が三千兆度にまで下がり、電磁力は弱い力と、電磁気力に分離した。
 十のマイナス六乗秒後、クォーク、グルーオン、プラズマが冷え、陽子、中性子を形成した。
 一秒後、ニュートリノは分離して宇宙を自由に飛んでいく。
 物質を形成する粒子と反物質を形成する反粒子は次々と対消滅を繰り返し続けた。三分後、わずかに物質が残った。
 ビックバンから三十八万年後、温度が三千度に冷えた。原子核と電子が結合し、原子ができた。カオスはコスモスに変化した。電子によって直進をさえぎられていた光は、直進ができるようになった。光子が飛び交い、白く濁っていた宇宙は黒い空間へと晴れ上がって行ったのだった。
 次に、高密度の物質が重力によって収縮されていった。宇宙の細胞膜である大規模構造が形成された。
 巨大な渦巻きの宇宙の中で、小さな渦巻きが次々と無数に誕生していく。一つ一つの渦巻きは銀河へと形成されていく。銀河たちは来栖ミカと原田亮の身体のチャクラを行き来して生じるらせんのエネルギー。宇宙という身体を構成する各臓器器官。
「愛してる。遥か遥か昔から」
 亮の言葉が、ミカの胸に浮かんでくる。
 星、クエーサー、銀河、銀河団が誕生していった。各臓器はエネルギーのライン、血管によって全宇宙と繋がっている。
 ミカと亮が位置する銀河系は、ライトフィールドをすべての宇宙空間へと送り出し続けた。
 諸星雲たちは、内部宇宙を形成していった。銀河の内部に、さらに無数の渦巻きが発生した。宇宙という大きな身体の渦巻きの中にある銀河という小さな渦巻き、その中に太陽系というさらり小さな渦巻きがあった。すべては大きな生命体の中にフラクタルに展開する生命体だ。そしてすべての部分が結びつけられている。
 曖昧模糊としていた星間物質が、渦巻きの軌道に沿って収斂されていく。集められた星間物質は眩しく輝きを放つ。恒星が誕生した。
 銀河は鼓動し、太陽は高速回転しながら、惑星を生み出していった。
 二人は宇宙に大地作り出し、天と地を分けた。
 ベビー惑星を数えると、十二個誕生した。ミカには分かった。あいつらだ、十二個の鉱物たち。それが惑星になったんだ。惑星たちはマグマの塊であり、赤く輝いていた。太陽から数えて第四番目の位置に、地球は誕生した。地球は次第に、冷えていく。
 ミカと亮の故郷である水を湛えた星。二人のホームは宇宙の中でキラキラと輝きを放つ青い光。
 大雨を降らせると、海が誕生した。
 生命が発生し、活動を始めた。生命は海で多様に進化し、陸へと進出していく。地上を植物が多い尽くし、追って動物達が増えていく。
 地球に、太陽系の一角から一つの星が近づいていった。長い尾を持つ巨大彗星は、地球の外殻に衝突した。地球の一部がえぐり取られ、その世界は壊滅した。地球の一部は宇宙へ放り出された。やがて集められ、月が誕生した。
 太陽は昼を、月は夜を支配した。月の力によって、地球の生命系は瞬く間に復活し、豊かな生態系が繁栄していった。

    * * *

 ミカは瞑った目をゆっくりと開けた。目の前に亮の顔がある。亮はミカの頭をそっと撫でた。二人は強風の中に立っていた。辺りは、真っ白な砂の砂漠だった。朝日の青い光が二人を照らす。太陽は寂しげで、見ていると悲しくなった。
「ここは------」
 亮も辺りを見渡している。
「あたし達、もしかしてまた失敗したの」
 二人は途方に暮れて砂漠の東京を見ていた。
「あたしがいけなかったのかな」
「違うよ、周りを見てみな。来栖」
 砂漠に、蜃気楼のように高層ビルが浮かび上がっていく。マイナスエントロピーが加速し、世界は再建されていく。摩天楼は次第に明瞭になり、確固とした現実になっていった。二人の目の前に、都庁ビルが聳え立っていた。交通量の多い、朝の新宿だった。
「戻ってきた。戻ってきたんだ--------あたし達」
「これが……君の」
「ソーだよ! ここがあたしの居た、平和な東京だよ! あたし、亮を連れてくる事ができたんだ」
「よかった。成功だ。俺達、成功したんだ!」
 ミカは感極まって亮に抱きついた。
 原田亮は、通行人のサラリーマンが無表情ながらジロジロと二人を見て通り過ぎるので気まずい。

    * * *

 屋上に座り続けていた来栖ミカは、夜明けの青白い太陽を眩しげに眺める。後ろでドアが開く。ミカは振り返った。宝生晶がスラリとした足で歩いてきた。
「成功よ。新しい宇宙は誕生したわ。第三の宇宙の創世は、一瞬の中に全ての宇宙の歴史が畳み込まれた。天地創造の七日間のプロセスは、刹那に完了した。あなたのおかげでね。ありがとう、平和な宇宙の来栖ミカ」
「あなたは……。あたし、全部自分の作りごとだと思ってた」
 ミカは朝日を浴びて立ち上がる。今、来栖ミカは屋上に居る来栖ミカが唯一の彼女になった。
「あたしの方こそ、ありがとう」
「やってくれると信じてたわ」
 二人は握手する。
「わたしも、自分を信じる事ができて良かった。晶さん、ありがとう。あの基地、この世界にもある?」
「もちろんあるわよ。あなたの街へ送ってあげる前に、今から二人を招待するわ」

 エレベータで降りると、車道に宝生晶の軍用ジープが待っていた。後部座席に、亮が待っていた。全ては幻覚ではなかった。ミカの想像ではなかった。想像力は創造力だった。二人は黙ってうなずき、ほほ笑んだ。
 晶が二人を連れていった時空研の基地は、やはりミカの住んでいる多摩地区の隣街の調布市にあった。
 ミカは基地を見渡す。黄金ドームは死の地球の夜の砂漠で見たものと全く同じ壮大華麗なものだ。
 晶は再び地下のホールへ行き、怜に二人を会わせた。
 ミカはヱルゴールドを見上げていた。ヱルゴールドは、ミカを守った金と同じオーラを放っていた。ヱルゴールドもヱルセレンも、生きた、魂を宿した金属のコンピュータだ。
「金閣寺……やっぱりお前だったのね。ずっと、あたしをナビゲートして、帝国から、あたしを守ってくれていたのは。ありがとう」
 ミカはコンピュータに向かってそう呟く。ヱルゴールドのハローの輝きは、ミカの声に反応するかのように脈打った。
「疲れた。休んでいいよね」
 ミカは、生きている機械にそっと頬を着けて冷たい感触から漂ってくるそれ自体の温かいオーラに浸るように眼を瞑った。
 創造の七日間を一瞬で行ったミカは、休んだ。
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