第9話 原罪 再生(リベンジ)ヱデン計画の中止

文字数 5,997文字

「寝てなんか……いらんない……」
 ミカは無理してベッドから立ち上がった。
 外へ出ると、ダークエッグが眩い輝きを放って活動していた。
 天文台に戻ると、ヱルアメジストが不調になっていて、二人はバタバタしていた。那月がバックアップを取り、再起動しようとしているところだった。
「何かあったの?」
「ダメなのよ……ヱルアメジストが暴走している!」
 再起動命令は、何度も拒否されていた。
「那月、ダークエッグを破壊しないと。あれが動き出している。また乗っ取られてしまう」
「うん……」
 那月はなぜか消極的な返事をした。
 窓の外を稲妻が走り、雷が鳴った。雲が空を覆って地上の光で白く反射している。那月はちらっと外の様子を見ると、ふいに部屋を出ていった。ミカも重い身体を引きずりながら二人の追い掛けた。
 ダークエッグから発せられた稲妻が、三人の前で収斂し、何かを実体化させつつあった。それは、四足で立つ巨大な獣のようだった。四~五メートルはある、大きくて長い尾を持つ稲妻の狼のような実体を目の前に出現させた。
 邪悪の塊のような想念が、巨大な狼の像からあふれ出してくる。そのオーラの触手が、那月の持ったブルークリスタルへ伸びてきて、那月は慌てて懐の中に石を仕舞った。
 ミカは立っているのも辛かった。
 那月がエネルギーを両手に集中させ、プラズマの大砲を撃ち放った。強力なエネルギー波は、狼の前で跳ね返った。見えない壁があるようだった。
 エネルギーを放つ狼の像は、突然、獰猛な声でうなった。時間が経つにつれ、実体化が加速しているようだった。
 巨大な爪が那月に襲い掛かった。那月はそれを水の壁でさえぎると、身体を回転させて辛くも避けた。水が四方に飛び散った後、アスファルトの地面が深さ一メートルほどもえぐられていた。
 那月の顔に、放散虫偵察機のときとは全く異なる、明らかな焦りの色が浮かんでいた。ディモン軍の斥候などではない。敵が、強力な兵器を送り込んできたことを悟ったからだった。
 光る狼の靄の中に、獣の巨大な二つの眼が、赤く燃えて出現した。その眼は、三人を居すくまらせる。
 エネルギーの怪物はビルの壁面に飛びつくと、その鍵爪がコンクリートをガリガリと破壊した。金属音の金切り声で口を開ける度、唾液がボタボタと地面に落下してくる。
 三人は走り回って怪物の襲撃を避けた。駐車場に残っていた車が、エネルギー狼の牙に噛み砕かれていく。恐ろしいことに、その残コツは何一つ残らず、狼の体内に消え去っている。何もかも食い尽くす化け物だ。
 エネルギー弾を撃ち続ける那月は、調子が悪かった。力を出し切り、フラフラになって倒れた。ヱルアメジストのアシストを失ったせいだろう。
「那月ィ!」
 ミカは自分の無力さがふがいなかった。しかし、どうすることもできない。亮も同じだ。
 突風が吹き荒れ、今度は天空を赤い稲妻が走った。雲間から、全身を棘に覆われた鋼鉄の巨人が現れた。旧世界を破壊させた、全長百メートルの黒い巨人。ミカは立ち止まって、腰を抜かした。那月が突風に耐えて立ち上がると、踏み止まって対峙した。
 ミカはパニックになって頭を抱えた。手が勝手に震え、ただただ涙が溢れ出す。ミカは恐怖にとらわれ、うずくまった。世界の終焉の時に出現し、ミカを襲った恐るべき存在。殺されるという、あの時の恐怖が蘇った。ミカにとっては、それが目の前に出現したことは、想像以上のトラウマでしかない。
 世界が終わる。遂にディモン兵器の本体が到着したのだ-------。
 巨人はダークエッグを踏みつけ、粉砕した。その瞬間、エネルギー狼の姿は消えた。邪悪な気配も、学園から消え失せた。
 夜の静寂が戻り、巨人の光る目だけが三人を見下ろしている。
 ミカはがたがたと震え、ものを言えず、立ち上がれなかった。亮はミカの両肩に手を置いて巨人を見守っている。
 巨人の足元に、誰かが立っていた。こんな時に大学の関係者かと思ったが、その顔を見て瞬時に三人とも凍りついた。
 伊東アイだ。やはり、アイは深夜の大学にも来ることがあったらしい。
 アイの手には、携帯が握られている。彼女がCMをやっている携帯IMAX-300。伊東アイは、携帯で黒い巨人を外に呼び寄せたように思われた。この女が、ディモン兵器の巨人を操っている。これで確実になった。伊東アイは、ディモン・スターであるという事だ。
「ミカちゃん。わたし、今夜初めて知ったわ。二人の言う人類の敵の事を--------。伊東アイの正体を。あれがディモン・スター。私たちを騙していた。絶対に、絶対にあいつを許さない!」
 黒い巨人を従えた伊東アイに、すっかりおびえるミカと対照的に、那月だけがアイと立ち向かおうとしている。
「見ていて、あんなやつ、わたしの力でぶっ飛ばしてやる」
 那月は、自分の怒りが、嵐を呼んでいるのだとでも思っているらしい。
「よせ、相手はディモン・スターだ! 勝てる相手じゃない」
 亮が制止しようとした。
「何よ、あんな奴ぜんっぜん怖くないわ!」
 那月は燃えていた。戦う気満々なのは、那月一人だけだった。
 那月がいくら力を覚醒したところで、殺されるに決まっている。けど、ミカにはどうすることもできなかった。
 ミカは意識が遠のいて、うずくまった。急激な立ち眩みだった。
 アイが倒れたミカに近づいた。その行動に、那月はハッとした。
「ミカちゃんに何をするつもりなのよ!」
 カンカンになった那月は、大股でズカズカとアイに近づいた。アイはミカの腕を取った。
「やめて! ミカちゃんに変な事しないでェ」
 那月はアイからミカの腕を奪い返した。アイはあっさりとミカを諦めた。那月はミカを抱き抱えて、アイを睨み付ける。
「危ないところだったわね……」
「それ以上、近寄らないでくれる!」
 ミカは怒鳴った。
「何か勘違いしているようだけど、私はあなた達の味方よ」
「あなた、世界を滅ぼした巨人を操っているじゃない! それでどうやって人類の味方だって信じられるっていうの?」
 ミカはフラフラと立ち上がって叫んだ。
「断片的な情報から憶測するととても危険よ。これはメタルドライバーっていうの。私たち三百伊東アイ委員会が所有する兵士よ。帝国のディモン兵器じゃないのよ。メタルドライバーは、ヱルメタルを外部からコントロールする為に存在する。あなたが前の世界の終焉の時に出会ったメタルドライバーは、ヱルセレンを外部から操作して、停止させた」
 アイは右手に携帯を持っていて、それを巨人に向けた。メタルドライバーは巨大な槍をかざすと、暴走していたヱルアメジストは停止し、天文台は沈黙した。アイは明らかに携帯を操作して、メタルドライバーを操っていた!
「毎日暑いわねェ、来栖さん。夜になっても熱帯夜が続いている。このところ、異常気象なのかしら? 天文部、またダークシップの写真を撮っていたのね。三人とも、困ったモノね。さぁ、今迄撮った写真、全部私に渡してくれる?」
 ミカが言い返そうとする前に、那月がキッとなって叫んだ。
「待ってください、いったい何の権利があってそこまでするんです……? 私たち今、プライベートで来てるんです。理事とか、生徒会長の権限だけで、私と大学の個人的な繋がりにまで立ち入るなんて。写真をマスコミに送ったりネットに流したりもしないって言ってるんですから、学園にも迷惑も掛けたりしてないはずです」
「鮎川さん。前と随分雰囲気が変わったのね。深夜に毎日出歩いて、貴女のご家族は大丈夫なのかしら?」
「そ、それが何だって言うんですか。学校の他の人達の中には、私たちより遥かに不健全な事してる人たちがいるはずじゃないですか? 私たちは真面目な学究目的で活動してるんです、生徒会長だったら、こんなところで私たちを監視するより、街へ行って夜遊びしてる人達でも注意したらどうなんです!」
 那月がこんなに相手に向かって言い返すのを、ミカは初めて見た。
「夜遊びしてる他の人の事を心配するより、あなた自身がそんな格好をして、高校生としてちゃんとしているかどうかを心配したら?」
「な、何言ってるのよ? そんな格好ってどんな格好なんですか。一体何を基準に-----。たしかにこんな格好だけど、やってる事は夜遊びじゃなくて研究なんですよ。伊東さんの『ご姉妹』だってアイドルでしょ、テレビでいっぱい派手な格好して世間に見せてるじゃないですか。プライベートでは自由にやってるのに、学校では生徒会長で、風紀の取り締まりですか?」
 那月はそう言ったが、おそらく、目の前のアイがアイドルのアイで、別のクローン姉妹が生徒会長だろう。
「……ヱデンの園でヱヴァは、蛇にそそのかされて、禁断の知恵の実を食べた。そしてヱヴァは、アダムにも食べさせた。すると、二人は自分が『裸』であることに気づき、羞恥心から、身体をイチジクの葉で隠した。幾ら隠しても、全部私には分かっているのよ。決して、ディモンの研究はしてはならないと言ったはずよ」
「それは、なぜなんですか? どうして月から押し寄せる敵の正体を、探ってはいけないんですか。どうして私達は、ずっと無知なままでなくちゃいけないんですか。それに、ライフフィールドシステムのおかげで、人類の再生率は、五十七パーセントまで到達できたんですよ。当初の予想を遥かに上回っている。私たちは何も、間違った事なんかしていません!」
 以前はアイをあれほど恐れていたのに、那月は何を言われようとも黙っていない。ミカは那月にゾッとした。しかも、那月は自身を全否定したアイ、しかも新世界の創造者たるアイに対する怒りが大きく、生まれて始めてというくらいエキセントリックだった。ミカにとっても、始めてこんな那月を見ていた。相手が人知を超えた超越者と分かっていても、まるで人が違ったようにアイと対峙し、ディモン研究の中止を拒否する。
 那月の、宇宙中の存在から懇願されたという体験、侵略への対策、そして自分にその力があるという確信、亮への想い、だが何故かそれ以上に、伊東アイに対抗心を抱いているようでもあった。
「那月、言い過ぎだよ。もういいよ、今日は帰ろ」
 ミカは分が悪いと見て、諦めた。
「そうだな、来栖の体調もよくない」
 亮も撤退を促す。
 那月はまだ収まらないといった感じで、アイを睨み据えている。
「帰る前に、私に写真を渡しなさい」
 アイは容赦なく追求する。
「どうして渡さなきゃいけないんです! これは貴重な敵の情報ですよ! 私が分析しなければ」
 その時のアイを睨む那月の目には、ミカが生まれて始めて見たほどの激しい憎悪と怒りが宿っていた。
「今夜限り、ヱルアメジストの使用と、天文台への立ち入りを全面禁止にします」
「えっ……」
 那月は絶句した。
「ちょ、ちょっと待って。……人類の再生事業は?」
 亮が訊いた。
「中止にしなさい。人類再生委員会は今日をもって解散する」
「でも、まだ五十七パーセントしか、半分しか再生してないぞ」
「新しい人類に、青い血を持つ人間が混ざった。これも、あなたたちが、私に隠れてこっそりディモン兵器の写真を撮っていたから。それで、ブルータイプが混ざりこんだ」
「ブルータイプ……」
「敵のことを、一つだけ教えてあげる。ディモンは、青い血を持っている。この時空における、今回の敵は、途中から自分の血が青い事を隠して侵略している。だから、三百伊東アイ委員会の検知システムにも引っ掛からなくなった。今、彼らを血液検査をしても、赤い血が流れるわ。ブルータイプの血はカモフラージュされている。外の世界に触れた瞬間、青から赤に変化してしまうでしょう」
 アイは三人に告げた。
「体内を調べても?」
 ミカは訊いた。
「同じよ。通常の検査では、まず彼らの血が青い事は分からない。それは時空レベルでカモフラージュされた存在だから。もし完全に、外部の影響を完全に遮断して取り出す事ができれば、青い事が分かるでしょうけどね。だけど、三百伊東アイ委員会が所有するヱルヱメラルドでさえ、通常の分析能力では分からなかった。つまり、アストラル波自体でも人間に化けている。恐ろしく巧妙なやり方よ」
 アイの黒い瞳は相変わらず不思議な輝きを放っている。
「あなたにも分からなかったってことね」
 ミカは皮肉を込めて言った。
「私も気づくのが遅れたくらい、巧妙なやり方だった。人類の再生を中止するのは、その為なのよ。こうなる危険性は予想していたけれど。でも、思った以上に敵の侵略は巧みだったという訳。今回のこのカモフラージュで分かった事は、彼らは一億年の戦いでもっとも高度な戦術を取ってきている。すでに、時空戦争は始まっている。このままでは復活したディモンが、いずれこの世界の人類を滅ぼす可能性がある」
 アイは結論した。
「それだけ? ディモンって何なのよ。かえって気になるじゃない」
「ディモンはルナ界から来る。でも、それに拍車をかけたのがあなた達だった。それは、かつてのディモン軍の宇宙大戦における、創造者への反逆の繰り返しよ。あなた達のした事は」
 ミカたち人類が、テラ界の住人だ。
「分かったでしょ。あなた達人類の手に負えないと言った事が」
「なら、敵の分析は誰が行うの?」
「それは私の仕事よ」
「あなたは何者よ」
「この世界の創造者と言ったはずよ。私はソル界から来た。この世界は三位一体の小宇宙で成り立っている。ソル界、ルナ界、テラ界。ソル界が全てを統括している」
 ミカは思い出した。アイが黒曜石の瞳で太陽を直視していた事を。
「けど、その三位一体宇宙の均衡は今、破れている。この情報はここまでよ。私はこれから本国へ行く。やはりここのヱルアメジストでは無理のようね。時空研とヱルゴールドを復活させるしかない。それまで、くれぐれも警告するわ。決して、知恵の実を食べてはいけない。もう使えないはずだけど、一応ね。すべてが手遅れにならない内に、すぐ戻ってくるけどね」
 そう言うと伊東アイは巨人の右手に立った。黒い巨人は反重力で大学を飛び上がると、雲の中に消えていった。
 伊東アイは、メタルドライバーを使役として飼っていた。メタルドライバーは、動力源の心配もエサの必要もない、アイにとって、手軽なペットだった。どうやら彼らは、伊東アイの命令だけは聞くらしい。この新世界でも我が物顔でうろつくつもりなのか。
「やつの本国って?」
 亮は巨人が消えた西空の方角を見ている。ソル界とは、まさか伊東アイは太陽にでも行ったのだろうか。
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