第3話 世界征服アイドル

文字数 9,268文字

 ミカは今夜も、西新宿摩天楼街へと、亮と一緒に出掛けた。一度家に帰り、制服からピンクのシャツに短パンという、まるで夏のような格好に着替えた。なぜなら巨蟹市内は暑かったから。しかし新宿に着くと肌寒さを感じる。
 前の東京でミカは、多忙な学園生活を営んでいて、町に繰り出すこともほとんどなかった。それが今、自由な身になってぶらぶら新宿を歩いていると、一日で十回はスカウトされる……かと思ったが、何しろ新宿に人が歩いていない。
 沢山の観衆の中ストリートライブをした。二百人くらいも集まっただろうか。歌っていると寒さを忘れる。すでに来栖ミカのファンと言える人も生まれているらしい。スカウトはされていないが、嬉しいものは嬉しい。ミカはこうしていると成功体験を重ねている感じが、すごくしていた。唄っていると、まるで平行宇宙の輝けるスーパースターの自分に、一歩近づいているようで、ミカは最高に気分がよかった。亮も喜んでくれている。
 唄い終わるとファミレスで食事。これってまさにデートだが、店内も二人しか客が居ない。
 亮は、ミカが大食いしている様をニコニコ眺めている。
 ミカは楽しい気分で盛り上がりながら、明日は那月につきあって、UFOの写真撮ってやろうと思う。
 その帰り道、せっかくの気分を害した「あの事」がなければ、最高の夜だったのだが――。
 新宿の駅前のビルのあちこちの広告スクリーンに、一斉に同じ美少女の顔が映し出された。スリムなスタイルで端正な顔立ちのアイドルが笑顔を振りまいている。どこかで見た事があることにすぐ気がつく。黒髪のショートヘアに小顔、額はやや広く、涼しいきりっとした眉。少し高めの鼻。「IMAX-300」という携帯のCMだった。アルファベットのIに無限大のマークが組み合わされたシンボルマークが何度も表示されている。「涙のパラダイス」というフレーズが繰り替えされる、彼女が唱っているのであろう曲が掛かっていた。
「あれ見て! 彼女、伊東アイじゃない?!」
 ミカは驚く。その顔は、まさしく生徒会長の伊東アイだった。「本日デビュー」という文字がきらめいている。
「本当だ。あいつ、アイドルデビューしたのか」
 亮も唖然として巨大モニターに映ったアイドルを見守る。
「いつの間に……」
「ライバル出現か。来栖も、あいつに負けないようにしないとな。俺は、来栖の歌の方がずっと好きだよ」
「うん……」
 ミカは亮の言葉も遠く聞こえるほどショックを覚えて、言葉少なくなった。
 ミカはその夜、街のありとあらゆる広告にその少女が微笑んでいる事に気が着いた。芸名は本名と同じ伊東アイだった。帰りの電車の釣り広告にも、伊東アイのリリしく精巧な顔がズラリと並んで覆い尽くしている。まばゆい校庭で言葉を交わした時と同じ顔。完璧な人形のような顔立ちだった。同性としてうらやましくなるくらいの美貌。
 亮は駅でミカが別れぎわに、
「今日はありがとう」
 と言って去っていく姿を見送ってくれた。ミカの明らかな動揺を、亮も感じ取ったに違いない。
 ミカは気を紛らすために、家の近所にあるコンビニに立ち寄った。雑誌のコーナーをブラブラすると、また伊東アイの顔があった。様々な雑誌の表紙に、伊東アイが並んでいる。不愉快で、何も買わずに小走りで店を走り出た。家の近くの住宅街の電信柱まで、ずっとアイの宣伝のポスターで埋め尽くされていた。まるでミカを取り囲むように。ミカは逃げるように家に入った。いつの間にやら、街が、アイで溢れている。
 ミカは家に戻ってベッドに腰かけ、自分の部屋のテレビをつけた。すると、画面に伊東アイがデカデカと映し出されたのだ。またかと思ったがショックを通り越して呆然と見つめていた。アイは、歌謡番組でデビュー曲「涙のパラダイス」を披露していた。ミカと同じ十七才とは思えないほど堂々としている。あどけなさが残る顔立ちだが、その眼差しは、遠くを見据えたように超然としており、奇妙な程貫禄すら感じる。伊東アイのデビューは、今日まで秘され、同日一斉に展開されるデビュー戦略らしかった。
 ミカは那月に電話した。
「知ってる。わたしも驚いたよ。伊東アイさんは、何もかも手に入れたんだね。欲しいものを全て。一体何処を目指しているんだろう。世界征服でも目指してるのかな? 末恐ろしい人よね。ミカちゃんも頑張ろう! 早くデビューして、あんなヤツ追いこしてよ。ミカちゃんの方が絶対可愛いし、才能もあるんだから。私も頑張ってUFOの写真撮って研究続けるからさ」
 と、那月はミカを励ましてくれた。那月は、あれから健気にアイに隠れてUFOの写真を取り続けているのだから、ミカも負けるなということだろう。
「分かってるけどさ。そんな簡単にいかない」
 ミカは口数少なく返事した。実際、歌なら彼女には負けない自信があった。伊東アイは確かにうまいが、自分の方が確実にうまい。外見容姿だって、大人びた魅力はないけどアイドル性なら自信があるとか、頭の中でぶつくさ考えている。前の宇宙では「美少女の天才」と言われた。天才の美少女ではない。「美少女」の、天才である。ただの皮肉としか受け取っていなかったが、ミカはその言葉を思い出して自分を励ます。しかし多摩音大付属高で天才とかエースとか言われた実力者の声楽科の自分はもう存在しない。
 ミカが芸能界を目指すにあたってアテなどなく、歌の特訓をするにも一人カラオケするしかない。今まで学園の、組織の論理にからめとられた自分が嫌で嫌で仕方がなかったが、今になるとずいぶん守られていたのだと痛感する。たとえスカウトが声を掛けてきても、デビューまでには天竺への道のりのような気が遠くなる道のりを感じる。
「勿体無いよ、ミカちゃん、十七歳は今だけなんだよ」
 弱気な声を出すミカに、那月はそう言うけれど。
「大丈夫、気にしない」
 ミカは酷く落胆した気分で、ぼうっとテレビ画面を眺めた。ミカは、自分よりはるかに簡単にデビューし、あっさりとメジャーになってしまった伊東アイが、自分の学校に居る事に、正直焦りを感じざるを得ない。できれば学校でも会いたくはないが、生徒会長で、しかも親友の那月に眼を着けているから、これからもあの人形みないな女と顔をつき合わせて対決しなければならない運命だった。

「まだ続けているのね。言ったはずよ。直ちに撮影を止めなさい。もし話し合いに応じないのなら、強制的に天文台を使う許可を、大学から生徒会が取り下げることになる。できれば、あなたに自主的に止めていただきたいものだけど」
 案の定、アイドル生徒会長伊東アイは、撮影を継続している那月を呼び出して問いつめたらしい。
 単なる生徒会長だけではなく、「芸能人」でもある彼女が、一生徒である那月に命令口調で伝える。それは、自分とは違うと言わんばかりの態度だったようだ。
 伊東アイは以前の存在感に加え、芸能人のオーラが滲み出て、近寄りがたいほど神々しかった。ただでさえ強力なインディゴのオーラが、ギンギンに溢れかえっている。芸能人でも、普段は親しみやすいタイプもいるが、伊東アイは学内の生活においても、全くそうではなかった。那月はしぶしぶ、頷くしかなかった。その事がミカの平常心をさらにかき乱す。那月は前以上に気が抜け、ミカが気の毒になるくらい弱々しく元気を失っている。
 巨蟹学園の生徒で伊東アイの勢いに逆らえる者など居ないのだろう。理事の中でも伊東アイは権勢を誇っているらしい。そして生徒たちの熱狂ぶりは当然の事ながらハンパではない。
 すっかり巨蟹学園は伊東アイ一色に染まり、教師たちもただの崇拝者と化している有様だ。今この世界では、かつての来栖ミカのポジションに、伊東アイが立っているのだ。今度はミカが、学園のスター・伊東アイを見上げる立場。あれほどうんざりした声楽科だが、実は、自分は必要としていて、むしろ大好きだったのかもしれないなどと気付かされる。
 ……伊東アイ。美少女でありながら、頭が良く、才能があり、自分とは全く違って、夢を実現していた少女。来栖ミカとしてはできれば一生、二度と、話したくもなかった。プライドの人一倍高いミカにとって、アイと一緒に居れば自分が惨めになるだけだからだ。だが同じ学校の同級生なので今後も顔を拝むことになる。ミカにとって、伊東アイはあこがれの芸能界の最前線で活躍する、眩しいくらい理想の存在そのもの。自分とのこの現実の差に、学園生活は辛くなる一方だった。
「やめたっていうのに、伊東アイが、ずっとあたしを監視している。いつもアイさんに見られているような気がする。なんて恐ろしい人」
 那月はいっそう伊東アイを怖がった。ミカから見ると、ほとんどノイローゼ気味だった。そしてミカにも、親友の窮地に対して打つ手はなかった。

 翌日も、まるで八月のような猛暑だった。那月が天文部を廃部にすると生徒会長に言いに行った後も、伊東アイと彼女の生徒会は、ミカ達三人をずっと監視していた。アイに油断はない。依然マークするのを緩めない。アイは、教師達も自由自在に操っている。アイは生徒会のメンバーや彼女のファン達以外に、全ての教師たちを完全にコントロールし、三人を監視しているのだ。校長も生徒会室に謁見しに行き、生徒会長・伊東アイに指示を仰いで、頭を下げているらしいと分かってからは、昼間の学校では、生徒会と伊東アイに監視され、三人は自由に集まって話をする事もできなかった。どこで誰が聞いているか分からないからだ。
「気になる事があるんだけど。アイがCM出てるケータイ『IMAX-300』、どこにも売ってないみたい。あたしさ、あたしの居た世界では、伊東アイ、ずっと前から居たっていう覚えがないのよね。亮、どうだった?」
 ミカには廊下で会釈された時以前のアイの記憶がさっぱりない。
「俺もなんだ」
 昼休みに、ミカと亮は屋上で声を潜めて話している。
「亮も?」
「今まで言わなかったけど。俺は、世界が再生して、あいつを始めて見て以来、ずっと気になっていた。俺の記憶では、あいつは俺の世界でも、学校の生徒じゃなかった。俺は選挙の日、始めて学校で存在を知った」
「それはあたしも同じだけど。でも、那月は知ってたよ。全国模試一位だって」
「それは選挙のポスターに書いてあった。きっと鮎川はそれを見たんだ。その瞬間、以前から知っているという記憶にすり替わった。他の生徒や先生もな。ヤツは二つの世界で、もともと学校に存在しなかった。周囲の人間は気づいてないけど、伊東アイはこの世界が再生してから、学校の生徒として存在するようになったんだ」
 言われてみれば亮の言う通りかもしれない。なんて事だ。
「じゃあ、何者なの、彼女」
 伊東アイが心底薄気味悪かった。
「入り込んできたんだ。この新しい世界に。俺達がディモンの事を無視しても、向こうから来たんだよ。だが多分俺は、前の世界で、一度あいつを見た事があるんだ。この学校じゃなくて。ずっと忘れていたけど、ようやく思い出した。ヤツは戦争中に、例の黒い船が通り過ぎた後、街に現れた。敵だ。きっと船に乗っていて、地上に降り立ったんだと思う。つまり、ディモン・スター、帝国の幹部クラスだよ」
「何ですって? それってマジなの」
 今までミカがずっと忘れようとしてきた現実が向こうからやってきた。
「ああ。間違いない。とうとうこの世界にも、ディモンの幹部が現れた。なぜ伊東アイが鮎川の写真を嫌ったか、それはディモンの侵略を捉えていたからさ。知られたくないんだ。これではっきりとしただろ。帝国はこの世界に着実に侵略しつつある。このままじゃ、再生したばかりのこの世界が破滅する。ヤツが現れたって事は、そのカウントダウンが始まったって証拠だ」
 亮によると、ディモン・スターの伊東アイは、ミカと亮が世界を再生させてから、この世界に学園の生徒として出現したという事だったが、世界に溢れかえるアイを見る限り、納得できる話である。
「ところでさ、巨蟹市の暑さ。今日も暑いよな?」
 亮は太陽を見上げた。
「うん」
「本当に十一月なのか? まるで真夏だ。だが俺が住んでる天秤市は、暑くないんだ」
「え? まじで」
「ああ、向こうは普通の十一月だ。俺は、白羊市に行った時に確信した。白羊市も暑くなかった。暑いのはおそらく巨蟹市だけなんだ」
「ウソ~ッ。そういえば新宿も白羊市も涼しかったかもしんない。それって、どういう事?」
「人口も、巨蟹市ほど多くない。新宿も、いつ行っても人がいない。きっと巨蟹市の外は、本当の時空じゃない。つまり虚の世界だ。それがここの暑さと関係している。そんな気がする」
「亮が住んでる天秤市も虚の世界?」
「うん----。だから俺は住んでいたマンションだけが残って、母さんにも父さんにも会えてないんじゃないかと思う。俺たちは、再生の時に、巨蟹学園以外、伊東アイの支配する世界に来てしまったのかもしれない。だから、白羊市の東京時空研究所に行けなかったんだ。俺たちは、恐らく、ある意味巨蟹市に閉じ込められているんだ。さらに突き詰めると、巨蟹学園に閉じ込められている。そういう事に違いない。何が言いたいのかというと、世界の中心は今、巨蟹学園にある。そこから外に出ても、虚の世界を彷徨っているだけで、俺たちは巨蟹学園に閉じ込められている。学園の中もアイ一色に染まっているが、そこだけが真実だ。アイの支配する学校から一歩も出られないんだ。つまり巨蟹市の外は、本当に望むべき世界になっていない」
「そんな……」
「全ての異変は、伊東アイにある。世界の中心に立っているのは、どうやら伊東アイらしい。俺たちはどういう訳か、アイが中心に立つ世界に再生してしまったんだ!」
「一体どうしてなの?」
「俺たちが世界を再生した時、作り出してしまった現実って何だろう? その事をよく考えてみてくれ。君は鮎川那月と出会いたいと思ってこの世界を再生させた。俺は母さんと、父さんと、時輪ひとみに会いたいと思って世界を再生させた。しかし伊東アイは一体どこから来たんだ? アイの存在を君は知らない。知っているとしたら、異東京で目撃した俺しかない。俺がアイを呼んだのかもしれない。だとしたら、あいつは俺にとって一体、何者なのか――」
 亮の声には苦々しさが感じられる。ディモンに対する憎しみが思い出しているらしい。
「でも、時空研は消えているし……あたし達、晶さんと連絡取れない。あたし達だけじゃ、どうすることもできないよ」
「このまま無視する事はできない。俺達が無視しても、向こうが侵略してきてるんだからな。俺たちが、アクションを起こさないといけない」
 亮の言う通り、二人は戦わなければいけなかった。もはや、事実から目をそらすことはできない。正面から対決しなければ、自分たちが危ない。再び世界が滅びようとしているのに、無視することはできない。
 頭の片隅にあったダークシップが、黒いしみのように広がっていく。何よりそこから感じる、邪悪なエネルギー。あれは、単なる写真の光のいたずらや、いやもしUFOだとしても、ただのUFO写真なんかではない。亮の住んでいた東京を滅ぼした、ダークシップ。鼻にどろっとした血を感じた。ミカはティッシュで鼻栓をして仰向けになる。
「イテテ……」
 すると、亮が唸っている。
「大丈夫?」
「いや、急に鼻の奥がつーんとしただけだ。別になんともない」
 自分の鼻血のことに思い至る。亮も、なのか?
「------こんな時に、晶さん、アストラル通信でホログラムでもいいから連絡してくればいいのに! 向こうからは一方的に話しかけて来るクセに。自分の都合で勝手に現れたり消えたりして、こっちが連絡取りたい時に取れないんだから」
「確かに俺たちだけじゃ、どうしようもないな。仮に、俺たちにあの時の力があったとしても、エネルギーを増幅するヱルメタルがなければ……」
「-----そうだ、こうなったら……。亮、手はあるわよ! 那月に協力してもらうのよ!」
 ミカは亮と正対して、言った。
「--------鮎川にか? 何をやるんだ?」
 天文台にある、あのコンピュータは、ヱルメタルだ。救いは、巨蟹大学の天文台しかない。こうなったら那月を巻き込んで、すべてを話して協力してもらうしかない。
「そうよ。少なくとも、黒い船の動向は分かるでしょ。やつらが今、一体どんな動きをしているのかが、把握できる。それに、巨蟹大学の天文台には秘密があったの。私も、行って始めて気づいたんだけど。亮は知らないのかな」
 ミカはヱルアメジストのことを説明した。
「大学にヱルメタルが------?」
「そうなの。おそらく間違いない。だから、ダークシップが観察できたんだと思う」
 ダークシップは、これだけ連日、月面にその艦影が沢山映っていても、まるで世間では騒がれなかった。テレビにもネットにも情報はない。やはり、通常の可視光には映らないUFOなのだ。そしておそらくあの天文台だけが特殊な電磁波を受信する事ができるのだ。通常のテクノロジーでは検知できない電磁波の周波数を。巨蟹学園大学の望遠鏡だけが、月面のUFOを撮れる唯一の望遠鏡であるという可能性は、もはや真実だろう。
「なるほどそういう事か……天文台のコンピュータがヱルなら、帝国やディモン軍の動向を調べられるのは巨蟹学園の天文台しかない。あの天文台だけが俺達にとって命綱だ」
 しかしヱルが存在する巨蟹学園って一体何だろう?という疑問は依然残っていた。今はその疑問はさておき、頼りの鮎川那月に、地球の運命はゆだねられていると言っていい。天文台に入り、月の敵を監視するには、自由に天文台に出入りできる鮎川那月の協力が不可欠だからだ。
「おそらくヤツはまだ、何らかの理由でそれを手に入れていないんだ。なぜなのかは分からないが、手を出すことができないでいる。だから、天文部部長の鮎川を妨害してきたんだ。だとしたら、チャンスかもしれない。それで、時空研と連絡が取れるといいんだが」
「--------放課後、一緒に天文台に行きましょ。伊東アイに気づかれないように」
「だけど鮎川は、俺たちの話を聞いてくれるかな? あまりにとっぴょうしもない話だ」
「話してみないと分かんないけど、きっと分かってくれると思う。那月はあたしなんかよりずっと頭いいからね」
 あのヱルアメジストなら、時空研のヱルゴールドと連絡することができるに違いない。那月がいないと天文台に入れないから、那月に話してみるしかない。自分たちだって、あんなこと、とても信じられなかった。だけど、あの写真という証拠がある。晶が自分に話したワケ分からん話も、理系かつ頭のいい那月ならすぐ理解できるはずだ。
 屋上の戸に、ショートヘアの少女の姿が立っていることに、ミカは気づいてギョッとした。伊東アイは、静かに二人に近づいてきた。
「来栖さん、生徒会室へ来て下さる?」
 話を聞かれたのだろうか。
「い、行かないわよ。話しならここでしてくれる」
「------今ちょっと聞こえたんだけど、まさかあなた達、私の命令を無視して天文部を続けるつもり?」
「そんな事言ったっけ? 亮」
「いや-------」
「確かに聞こえたわよ」
「フ~ン。生徒会長に芸能活動、ご多忙な伊東アイ様が、下々のあたし達にまで気を使って下さって、これはありがたき幸せというべきよね。……那月はね、あれ以来すっかり元気がなくなっちゃったわよ!」
「来栖、行こう」
 亮はミカの腕を取って、歩き出そうとする。
「学生なんだから、興味を持てそうな事が他にもいろいろあるはずでしょう」
 アイは微笑んだ。
「ずいぶん簡単に言ってくれるわねッ、人の夢を踏みにじっておいて! 全ての夢を叶えたあなたには分からないでしょうけど」
「よせっ」
 亮は、ミカとアイの対立を避けようと、腕をさらに引っ張った。
「しかし物事には限度があるのよ……」
「伊東さん、あなたがしている事は現代のファシズムよ」
 ミカはにらみつけた。
「何も分かってなのね、来栖ミカさん。なら仕方ない-----。それなら一つ、お互いのために提案がある」
「ど、どうするつもりよ」
「私を天文部に迎え入れなさい……そういう事よ。放課後、那月さんと一緒に大学の天文台で会いましょう。それと、原田亮。君も一緒に来てね」

「那月、UFO写真の撮影を、このまま続けるのよ」
 放課後、ミカは帰ろうとする那月に声をかけた。
「だって、生徒会がダメだって言ってるのに、こんな事話してるのを、もしアイさんに知られて、とがめられでもしたら----ミカちゃんも、さすがに停学くらうかも」
 那月は、終始そわそわと落ち着かなかった。天文台に行って、もし生徒会にバレでもしたら-----。そう考えること自体、那月にとっては恐ろしく、耐えられない事だ。
「もうさっき見つかったわよ。あいつ、あたしが廃部を拒否したら、自分も天文部に入るって提案してきた。それで放課後に、みんなで天文台で会うことになったのよ。でも、あいつが何を言ってきても適当にやり過ごしましょ。那月には、UFOの撮影だけはどうしてもやめないで欲しいの!」
「何でそこまでしてUFOの写真撮らなくちゃいけないの? まさか、テレビに送るつもり? マスコミになんか送ったら、タダじゃ済まないよ。きっと、退学処分受けるに決まってる」
「マスコミになんか送らないわ。この写真を撮って、UFOの監視をするのよ。やつらの動向を探るの。今度、巨蟹バーガーでNYチーズケーキ奢ってあげるから!」
「俺からもお願いする。鮎川の力が必要なんだ。あそこには君じゃないと入れない。だから頼む。撮影を続けてくれないか」
「ど、どうして原田クンまで? そんなにUFOの監視が大事なの?」
 那月はキョトンとして亮を見ている。
「彼らがどうして現れたか。もしかしたら侵略者かもしれない。それなら、そいつらがいつ本格的な侵略を始めるか、それを突き止めなきゃいけない。那月だって研究したいって言ったじゃん! あたし達もそれが大切な事だと思ってるの」
「二人は一体、どういう関係?」
 那月はおどおどとミカの顔を見る。
「天文部を死守するのよ那月。今日あいつと話して、そこを切り抜けさえすれば。あいつが入部したとしても、普段、忙しくて大学にのこのこ出て来れない。部の存続さえ取り付ければ、後は隠れて深夜に続けるのは可能でしょ」
「う、うん……分かった」
 ミカと亮はお互いを見てうなずく。
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