第1話 メタルドライバー襲撃

文字数 3,373文字

 原罪を背負った人々の、長く苦しい戦いの歴史が始まろうとしている
 再び滅びの淵に立たされた人類が一縷の望みに掛けしもの
 それは、来栖ミカに内在する戦闘天使の力



 ヱデンの園。
 神は、土からアダムを創り、アダムからヱヴァを創った。二人は生まれつき裸だった。ありのままの姿で生きていた。

 楽園にはさまざまな果実が生っていて、二人は自由に食べてよかった。
 しかし、ヱデンの園の中央には智恵の木と生命の木があった。
 その実だけは、決して食べてはならないと神は命じた。

 楽園に忍び込んできた蛇は、ヱヴァに言った。
「あれは善悪を知る実なんだ。智恵の実は、神と同じ知識を得て、力を得ることができるので、神はごまかしているのだよ」

 ヱヴァは、アダムに勧めて実を二人で食べた。
 二人は突然自分達が裸である事に気付き、恥ずかしくなったのでイチジクの葉で隠した。

 神はアダムを探した。
 アダムは隠れていたが、神に見つかると
「裸だったので恥ずかしかったのです」と答えた。
 神は訊いた。
「何だと? なぜお自分が裸だと知った? まさかお前は、智恵の実を食べたのか?」
「ち、違います。ヱヴァが私に食べさせたのです」
 ヱヴァは答えた。
「いいえ、私は、蛇が食べろ、と言ったから……」

 神は、彼らに罰を与えた。男は労働の苦しみを、女は産みの苦しみを。二人の子孫が、延々と苦役を受けるように。そして蛇は永遠に地を這うように。
 それからアダムとヱヴァが生命の実を食べないように、神はケルビムに炎の剣でヱデンを護らせ、彼らを追放した。

                       (伊東アイ、かく語りき)




 チベット上空から、強大なアストラル波を放った飛行物体が日本へ向かって飛んで来るのをヱルゴールドは検知した。帝国のディモン兵器にも勝る、強力なアストラル波の実体であるその物がここへ到着した時、一体時空研がどうなるのか、不空怜には容易に想像できた。勝ち目があるワケがない。怜はモニターから眼を離さず、隣で仁王立ちしている所長こと宝生晶に報告する。
「メタルドライバーはまっすぐここ、時空研を目指している。到着迄、あと二時間弱ってところ。メタルドライバーの発するアストラル波の半径五百メートル以内に地上階の黄金ドームが入ると、ヱルゴールドのマニュアルドライブが即可能になる。そうなったら、ストレートヱンゲージは不可能になってしまう。奴はヱルゴールドを操作して、この時空を閉じるでしょう。そうなった時は、どんな反撃もできなくなる」
 東京時空研究所の白羊基地は、時空管轄システムだけではなく、保安部隊で構成される軍も常備されていた。彼らも国防省の管轄だが、宝生晶に対する信頼と時空研の団結力によって、今回のような事態でも晶の命令を聞くだろう。だが、超兵器のメタルドライバー相手には、通常兵器では敵わないに決まっている。おそらく、接近するメタルドライバーに対抗する人類の兵器はない。よって、白羊市を守るべき武器を持たない晶はストレートヱンゲージを強行し、後二時間以内にヱヴォリューションを実現するより他に選択肢はなかった。
「あくまで続けるつもりね」
 再びアイ12が、自分に銃を突き着けている晶の眼をまっすぐ見上げて言った。
「そうよ」
「あなたはしている事の責任の重大さを考えなくてはいけない。かつての超古代文明のように、ここで滅亡を選ぶより、人類のために引き返しなさい」
 少女とも思えない、落ち着き払った態度で伊東アイは「大人の」晶に忠告した。
「もう後戻りはできない」
「あなたは人類の運命を背負っているのよ。それが、私があなたに与えた権限だった。身勝手な行動をとれる立場ではない事をもっとわきまえなさい」
「あなたなんかに、いいえ誰にも、わたしの邪魔はさせない」
 説得にかかろうとするアイ12を、晶は突っぱねる。
「信じられないスピードね。マッハ十を超えた。これは、思ったより早く到着するかも」
 怜が驚愕する。場合によっては一時間以内で到着する可能性が出てきた。
「迎撃システムを作動して。どうせメタルドライバーに時空迷彩は破られてしまうから」
 晶は白羊基地の対空砲を用意させる。戦車部隊を始めとし、街に軍を出した。無駄なのは分かっている。だが、敵がヱルゴールドに近づく迄の時間稼ぎになればいい。
「時空迷彩のお陰で、人馬市の干渉を受けないのが、せめてもの救いか」
 晶は曇った表情で呟いた。
 しかし、肝心の二人のアストラル波の数値が一致する率は、依然として下がり続けていた。
「ええ、この忙しい時に人馬軍まで相手なんかしてらんない。ヱンゲージどころじゃなくなってしまう。けど、この二人の状況じゃ、どうやらストレートヱンゲージの見込みは薄いわね」
 伊東アイにもバレバレだし、と、半ば怜は白けた声で返事する。どうせ晶の賭けは、負けに決まっている。

 ヱルゴールドのアクセスデバイスに座っている来栖ミカは、どうしても隣の原田亮と心を合わせられずにいた。悔しさで涙が溢れてくるのをぐっと堪える。幾ら我慢しても、自分の心の中に浮かんできてしまうのだ。時輪ひとみの方が自分より魅力的なのではないか、異東京の頃から、亮はずっと好きだったのではないか。その考えが頭を駆け巡って止まらない。
 ミカはまたギュッと那月のプラチナの携帯を握りしめる。
 亮にはミカの心が分かっている。亮は眼を開けてミカの肩にそっと手を掛ける。
「触らないで!」
 ミカはつい亮を拒絶した。亮はびっくりしてミカから手を離した。ミカも自分の口から出た言葉にショックを覚えている。
(ダメだ、わたし。こんなに、ひとみさんの事嫉妬して。那月と同じだ。これじゃ那月の事を言えない。責めらんない)
 ミカは嫉妬の感情を押さえる事ができなかった。
「ミカの数値がどんどん下がっていく! まずいわ。ライトフォールドからダークフィールドへ」
 怜は視線で晶に中止を訴えた。伊東アイの反応は……見たくない、というように顔を背けている。
(いけない! このままじゃ、またさっきみたいに-------ダークフェンリルみたいなのを出現させちゃう! ダークフィールドを出しちゃいけない! いや、もっと大変な事になる。また、新宿のホテルの屋上の時みたいに、世界を壊しちゃいけない)
 ミカの意識が、アストラル波のシールドを自分の中に形成した。ミカは思いっきり、悲しみと苦しみの感情をその殻の中に封じ込めた。自分が作り出した殻の中で、外部に発散できなくなったエネルギーが蓄積し、激しく渦巻いている。
「中止しましょう」
 もうここまでよ、といって怜はさじを投げている。
「待って、エネルギーの下降が止まったわ。辛うじて、ダークフィールドに転じる手前で」
 晶と怜には、ミカに変化が起こった理由が分からなかっただろう。
 アイ12が、じっとミカを見ていた。
 ミカは悲しみのエネルギーを自分の中に抱きしめ、真っ暗な海溝の中へ沈んでいった。自分に発生したダークフィールドを表に発散しない為には、そしてもう二度と世界を滅ぼさない為には、自分の中に封印する、もはやそれしかない。
(寒い……凍り付いてしまう。亮もこれで、きっと見限った。晶さんも、怜さんも、皆わたしを見限った。そうに違いない。守護天使さんも完全に私を見捨てた。助けに来てくれない。……これでいいんだ。もう、自分がこの時空をおかしくしてしまってはならないんだ。それくらいなら、皆わたしの事を忘れてしまえばいい。誰も……もう私の事を)
 ミカは繭の中で膝を抱え、ゆっくりと意識の深海の中へと沈んでいった。一万メートルも、二万メートルも沈んだような感覚を味わっている。

「ミカは完全に意識を失っている。ダメだわ! ミカは自分自身を闇の中へと閉じ込めてしまった」
 怜は顔面蒼白でヱンゲージ計画の失敗を完全に告げた。
「俺のせいで……こうなったんだ。全て俺が原因だ」
 亮は起き上がり、青白くなっているミカの寝顔を見てつぶやいた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み