第3話 ストレート・ヱンゲージ

文字数 6,107文字

「ミカが眼を覚ましたわ!」
 不空怜が叫んだ。ミカがヱルゴールドと連結していた事による暴走は止まっていた。
 ミカはアクセスデバイスから立ち上がろうとしてフラフラして、倒れる。ヱルゴールドが表示するミカのアストラル波の数値は0に近かった。
「ミカ、来なさい! 逃げるわよ」
 晶はミカの腕を強く引っ張る。
「嫌だよ、亮は、亮はどこ? 私、亮と一緒に居る……」
 ミカは全身で抵抗してヱルゴールドから離れない。だが、その力は弱々しい。
「消えてしまったわ。メタルドライバーと戦おうとして」
「止めて、ミカ、さ、こっちへ来るの!」
 怜はミカを無理やり連れ出そうとする。すでにヱルゴールドは怜の範疇を超えていた。怜もまた晶と同じく基地を脱するしかないという結論に達したのだ。
「近づかないでぇーッ!!」
 ミカは急に力強く、差し伸べられた怜の手を払い除けた。
「もういいのよミカ!」
「嫌よ! 私は亮を助けるんだからぁ!」
 ミカは怜と晶を拒絶した。
 ミカの中には、亮を失った孤独と恐怖が渦巻いていた。せっかくあの時、亮が助けに来てくれたのに。たまらない。自分の弱さに辟易する。
 地下なのに、外で嵐が吹き荒れているのが視える。ミカは意識の中で、嵐の中に、巨大なメタルドライバーが自分を見下ろしている事に気付いた。メタルドライバーの両目は、ミカを凝視している。身体が凍り付く程の恐怖を覚える。ミカが始めてメタルドライバーに出会った時の恐怖が蘇った。泣き叫びたいほどのパニック、逃げ出したい気持ちを必死に堪え、涙を拭かず、正面を向いている。しかし何もできなかった。ただただ圧倒されていた。
「後一分でハッキングが終了する!」
 怜がモニターを見て焦って叫ぶ。
 もう脱出する時間もなかった。
 部屋全体が歪み始めていった。
 時空戦略ホールの天井に時空の穴が開けられ、青いアンテナランスを持ったメタルドライバーが見降ろす姿が、晶と怜にも視えた。アンテナランスは晶達に向けられている。
 そんな仲、怜が最期まで報告を怠らない。
「タイムオーバーよ。時空が敵の手に落ちたわ」
 メタルマスターの怜は、隣の晶にかすかに微笑んだ。
 ホールの天井から、メタルドライバーの光沢のある黒いカギ爪が勢いよく振り下ろされ、ヱルゴールドを掴みかかった。メタルドライバーは地上に存在したままだが、ハッキング作用が「像」となって出現したのだった。
 天井に、時空の裂け目が広がっていった。裂け目には、宇宙空間が見えた。メタルドライバーの像は姿を消し、代わりに宇宙空間と、巨大な渦が現れた。その渦に、地上にありとあらゆるものが吸い込まれてゆくスペクタクルを、晶と怜は見上げている。ミカは、亮の消えたデバイスにしがみついていた。
「怜、今までありがとう。あなたは、よくやってくれた。私のわがままに、つき合ってくれて。あなたが居たから、私はやれた」
 晶は微笑んでいた。
「水くさいわね。またいつか、別の宇宙で会いましょう。必ずね」
「そうね……その時は……私もアルコールを飲めるようにしておくわ」
「何だ、あんたも飲みたかったんだ?」
 怜は一気に気が抜ける。
「フフフ。そうだったのかも。……ミカ、あなたには本当に苦労かけたわね。最後に、ありがとう。今まで、ずっと感謝してた」
 室内が無重力化した。ミカ、晶、怜はそれぞれ浮き上がった。時空研の建物も渦に向かって吸い込まれていく。やがて時空自体が渦を巻いて、まとまり始めていった。
 伊東アイはずっとしがみ付いたままの来栖ミカだけを見続けていた。アイ12には今、来栖ミカに何が起こっているのか分かっていた。

 ミカに付きまとったメタルドライバーのトゲに覆われた像は、闇の中にかき消されていった。たった今までミカの目の前にあったはずの金キラに輝くヱルゴールドも、時空研のホール自体も消えてしまった。
 孤独の闇だけが支配し、来栖ミカを包み込む。

 イケナイ!

 これじゃまた映画館を自分で作り出してしまった時の繰り返しだ。ミカは闇の中で立ち上がり、光を求めて突っ走った。
 ミカを包み込む孤独と恐怖は、この時空の最後の瞬間に一層色濃かった。だが、やみくもに走るしかない。
「守護天使さん、どこ? どこに居るの? もう、もう、耐えらんない」
 ミカは周囲を見回す。唯一の頼りの守護天使はどこにも居なかった。
 どんなに叫んでも、守護天使は現れない。光もない。
 ミカは決心した。
 逃げない。孤独と対決してやる。
 誰かにすがる事で、孤独を紛らわすのはもう止めるしかない。もう誰にも頼らない。心の活動を停止し逃避する事を止めるんだ。
 私は孤独と恐怖と、対決してやるんだ。
 ミカは始めて自分の闇と向き合う決意をした。闇はミカを取り囲み、包み込んでいる。
 負けない------負けるもんか。
「ウオリャ----------アアア……!」
 ミカは遂に闇の中心を走っていった。ますます暗黒しかなかった。光も、音も、匂いもない闇。自分を攻撃してくる者と戦っていた方が、まだましだ。
 ミカは闇の中をいつまでも走った。胸がドキドキする。
 暗黒の中に、一点、うっすらと小さな光があるのが見えた。針の先のような弱々しい輝きだ。ミカは闇の中の一条の光を目掛けて暗闇を一気に駆け抜ける。一点から漏れる光は、次第に大きくなった。
 出口だ!
 ミカは遂に辿り着いた。そこは、なみなみとたたえられた赤いアストラル界の海だった。
 ルビー色のアストラル界の海の上に、あの黒髪の守護天使が立っている。
「よく来たな」
 右手に、ルビースピアーを持っていない。
「守護天使さん? なんでここに」
「ここは、本当のお前だ。お前の孤独は、本当のお前から切り離された時から始まった。お前が孤独に恐怖した最大の原因は、お前が、お前自身から切り離されていた、そういう事だ」
 
 苦しみの果てに光が存在した。
 いや、そうじゃない。
 最初からそこにあった。ただそこに光があった。だが、自分で作った闇で光を覆い隠したのだ。ミカの中に、そんな言葉が沸いてくる。
「答えは最初からお前のすぐ側にあった。しかし、お前はやみくもに感情の嵐を世界にぶつけ、苦しんだ。傷つき、ズタズタになった自分にくたびれて、自分の存在に恥じ、消えようとした。だが、自分を恥じることなど何もない。自分らしさに、誇りを持てばいい。わたしはお前がそれに気づく時を、ずっと待っていた。ずっと、三十万年の間。今、この瞬間をだ」
 ミカは守護天使の事を、遥か昔から知っていたような気がしていたのだ。
「お前の手に、すでにルビースピアーを渡してある。これからお前はいつでも出現させる事ができるぞ」
 守護天使はミカに言った。
 ミカの右手に、ルビースピアーが握られていた。全てがピジョンブラッドのルビーで作られている、三つ又槍で、真ん中の刃が一際長く大きい槍。ずっしりとした重み。再び、あの力が蘇ってくる。しっかりと確かな感触だった。
「私からの最後のアドバイスだ」
「最後?」
「心して聞くがいい。槍はお前と共に存在する。そのルビースピアーは、最初からお前のものだった。お前自身のものだ。たった一人のお前という人間に、たった一つの槍。誰にもかけがえのない唯一の個性がある。それは何物にも変えられない。他の誰のものでもない。これは宇宙の絶対法則だ!」
「だって、これ守護天使さんが持ってたでしょ、守護天使さん、言ってる事が分からない!」
 ミカは守護天使の言葉に当惑するしかない。
「この槍は、もともとお前自身の中から発生したものだ」
「何ですって?」
「一人一人が答えを持っている、そのかけがえのない個性を使って、人間は無限の進化の階梯を昇ってゆく。たった一人の人間がこの宇宙に生まれてきた意味、存在している理由。それが、その唯一の個性にあるのだ。ルビースピアーはお前の象徴だ。それは情熱を以って全てのものに勝る力だ。--------言ったはずだ。お前の、人を失った悲しみや孤独、理想の自分に生まれ変わりたいという変身願望。お前の負けず嫌いで頑固なところ。そのすべてをぶつけた時に、『力』が解放されると。そのすべてがお前の情熱だ。その何よりも勝ったお前の情熱の純粋さの結晶が、ルビースピアーなのだ。だから、お前が使うことによって、お前は十分に力を発揮する事ができる。世界を変え、無限の進化の道すら切り開かれる。だから、この槍を使う時、お前に不可能はない。お前がそれを理解する時、宇宙でもっとも最強の武器となる。最初からこの槍はお前のものなのだ。いいや、そんな言葉では、到底言い足らぬ。お前、自身なのだ。今こそ、お前の無限へと通ずる内在された力が復活する時が来た! お前は情熱に掛けては誰にも負けぬ、自分が誰より分かっている事だろう? 宇宙一だ! それが実体化したこの武器が、この宇宙で何物に負ける事があろうか?」
「これが、あたしの情熱……。じゃあどうして、どうしてあなたが持ってたのよ!」
 黒髪の守護天使は切れ長の美しい目で睨んでいた。守護天使の想いがミカの中に流れ込んでくる。守護天使の首にある傷。
「守護天使さん、あなたって-------」

 私はお前だ!
 お前は私だ!
 私はお前だからだ!
 私はかつてのお前の姿だ。お前の前世の姿……。
 私は今からお前と一体化する。
 その瞬間に私は消え、お前の中に生きる事になるだろう。
 私は、かつてお前が持っていた力の記憶だ、
 その記憶を取り戻した時、
 お前は絶大な力を取り戻す。
 それが私の目的だったのだ!!

 守護天使の叫びはミカの叫びだった。ミカは前世で力を封印した。その力は、孤独に追い詰められた時、そしてそれに克った時、始めて封印が解かれる。
 黒髪の守護天使の正体。それは来栖ミカの三十万年前の前世の姿にほかならない。つまり、来栖ミカ自身。ヱルゴールドが守護天使のアストラル波を検知できなかったのは、まったくそれが来栖ミカのものと同じだったからである。守護天使はミカが前世の力を取り戻す為に、戦士としての目覚めを待っていた。
 かつて地球に存在したトランセム帝国。そこで守護天使は壮絶な戦いに敗れ、自決した。それが首の傷だ。あの時に自殺したカルマを、来栖ミカが逃げずに立ち向かい、そして克服することができれば、ストレートヱンゲージだって成功する。だから、来栖ミカは屋上から飛び降りなかった。生きようと決心したからだ。決心した時、たとえ誤って落下したとしても、死ぬことさえ超越した。そして遂に今、覚醒の時が訪れた。
 ミカと守護天使は磁石が引き寄せあうように一瞬で一体化する。その途端、眩い真紅の光がミカを包んでいく。アストラルの赤い海が洪水のようにミカの中に流れ込んでいく。
 ミカの手にあるルビースピアーは純粋な真紅の輝きを放っていた。それはミカ自身の情熱の結晶だった。
 ミカは誰にも、この宇宙において情熱において負けない。その真っ赤な魂が、ミカの心を反映し、結晶化したのがルビースピアーである。ルビースピアーの真紅の輝きはますます増していく。全ての闇を焼き滅ぼす情熱の炎として。黒髪の守護天使は、宇宙最強の兵器だと言った。ミカの情熱は宇宙最強なのだ。たとえあの恐るべき兜と鎧に身をまとったメタルドライバーでも、打ち砕く事ができる。
 ミカが平行宇宙で見た自分の姿は真実だった。来栖ミカは東京ドームのステージでピンク色のミニスカートの衣装を着て、ルビー色のマイクスタンドを握って唱っていた。あのルビー色のマイクスタンドは、やはりこのルビースピアーである。その象徴だったのだ。
 再び、ミカの敵が姿を現した。メタルドライバー。ヤツは……亮を消した!
 だが来栖ミカには分かっている。原田亮は消えてなんかいない。亮はきっとシャンバラに居る。メタルドライバーによって、亮はヱルゴールドに吸い込まれ、シャンバラへと転送された。暖かい、地球のコアの近くに亮は居る。なぜなら今もって二人は、銀河の渦のようなエネルギーで一体化しているからだ。
 今、来栖ミカと原田亮はセロポイントへ行き、二人は繋がっていた! この瞬間、二人に距離はない。二人は、ゼロポイントへ帰り、一切の時空は停止した。もうミカは孤独ではない。

 来栖ミカは、夕闇の迫る巨蟹学園の学園祭が行われている校庭のベンチに座っている。夜の校庭は飾り付けられ、イルミネーションで照らされて明るかった。生徒たちで賑わっていた。校庭の隅っこで一人取り残されたようなミカの周りに、女子生徒達が集まってくる。そしてミカの手を取って立ち上がらせた。ミカは連れられ、楽屋で着替えさせられてステージに上がらせられた。ミカは、純白のウェディング・ドレスを着ていた。そしてルビー色のスタンドマイクを握っていた。
 ステージには、先に原田亮がタキシードで立っていて、ヴァイオリンを持ってスタンバイしていや。亮はミカに頷いてアイコンタクトした。
 コンサートが始まった。
 ミカは、ZONEの「Secretbase 君がくれたもの♪」を歌う。
 人でごった返す会場でペンライトが波のように踊る。ミカは泣きながら唄っていた。だが、プロなので歌声は涙声ではない。
「ちょっとちょっと! カメラ撮るんだから。そこ見えねーって!」
「いいからどきなって」
 生徒たちの撮影隊がステージの真下で騒いでいた。那月の親衛隊を思い出す。
 歌が終わると、手拍子と共にキスコールが起こった。夕闇のコンサートは同時に、二人の結婚式でもあったらしい。
 ミカは生徒達が見ている中、ちゅうちょなく亮とキスをした。二人はステージでくるくるとダンスをした。回転すると、次第に生徒たちは光の粒子になって二人の周りを流れていった。二人は宇宙の中で踊っている。
 二人は宇宙の中心だった。
 メリーゴーランドのように宇宙が二人を中心にして大回転する。
 全平行宇宙の自分たちの全存在が一体化して、二人を祝福している。あのヴァージン・ヱンゲージの瞬間、時間の感覚が薄れていき、消え失せた。それは全ての時間の流れを一貫したものとして感じ、同時に平行宇宙の自分との分離がなくなり、一体化したという事だった。今も同じだ。ミカと亮は手を繋ぎながら、地球と月のようにクルクルと回る。二人は再びキスをする。
「ツインソウルは二人で一人。二人で一人って事以外のものじゃない。俺たちは二人で一人の力が、エネルギーが出せるんだ」
 眩く光が二人から放たれる。ミカの身体に宇宙空間から無限のエネルギーが流れ込み、亮の身体を経由して発光していく。それがまた、ミカに戻っていく。光の波が二重らせんとなって二人の頭上から、惑星グリッドに向かって送り出されていく。二人は螺旋の渦と一体化。そして、ヱクスプロージョン。
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