第6話 ルビースピアーの洗礼 Are you Fighter?

文字数 4,970文字



 ミカは時空研からの帰り道、考え事をしながら自転車を漕いでいた。
 ヱンゲージ計画が中止となり、ミカは落ち込んでいる。それだけでなく、ヱンゲージに関する調査や研究も全て中止だという。きっと那月問題があって、二人は容易にヱンゲージしてはならないのだろう。それゆえに、基地でも引き離され、伊東アイが監視しているし、学校で姿は見えないが、監視されている気配がある。二人のお互いに対する信頼が揺らぎ、そのせいでミカの亮に対する自信が影響を受けていく。それでもミカの信頼は揺らがないが、それでも亮とぎくしゃくしてしまう。やつらなんか関係ないのに。お互いが分かっていればいいことなのに。――すべては伊東アイ。あいつのせい。
 なぜ亮とツインソウルである来栖ミカがヱンゲージする事に問題があるというのだろう。亮も、口に出さなかったが、苦しんでいるらしい。ミカには亮の気持ちがはっきり分かっていた。今後、二人が時空研に通うのは、ヱンゲージ計画以外の訓練を受ける為だった。ミカと亮は時空研で顔を合わせることもあったが、入る時間が異なっているので、最近では一緒に行かなくなった。
 気がつくと、ミカは家ではなくて巨蟹駅前の大規模開発の解体工事現場の中に立っている。陽が落ちた後だった。夜、作業員は居なくなる。人気の全くない中に非常灯だけが輝いている。無人の破壊途中の区画には、全自動で動く巨大な工作マシンが恐竜のようなその姿で眠っていた。
「なんでこんな所に来ちゃったんだろ」
 ハッと気配を感じて振り向くと、あの黒髪の守護天使が立っていることに気付いた。ミカは身構えた。白い着物に赤い甲冑を着けた守護天使は、さながら戦巫女というところか。
「守護天使さん……あんたが私をここへ?」
 守護天使はゆっくりと頷くと、こっちへ歩いてくる。その目は、にらんでいるとしか言いようがない。ミカは守護天使から恐ろしい気配を感じて身体にガードを張る。
 守護天使は右手を上げて宙を掴んだ。瞬間的に赤いスポットライトが照らされたように輝き、その手の中に赤い槍が出現した。とても巨大な槍だった。黒髪の霊が持つ槍の柄はルビー色に輝いており、最高級のピジョンブラッドの色合いだった。
 三つ又の槍先は、外側の二つが小さく、真ん中の剣が格段に大きかった。刃もほのかにピンク系のルビー色掛かっている。ミカはその美しさに見とれた。それは以前に、平行宇宙のミカがステージで唱っていた時に持っていたルビー色のスタンドマイクによく似ていた。強さと誇り、毅然とした美、そうしたエネルギーが槍からビンビン伝わってきた。
 守護天使は槍を振り上げると、いきなりミカの頭上に振り降ろす。ミカはとっさに後ろに飛び上がって避けた。
「やだッ、何するのよ!」
 赤い槍は、孫悟空の如意棒のようにミカ目掛けて伸びてきた。普通の人間なら避けられないところだが、ミカはさらに横飛びした。槍は背後の建物の壁面を貫き、衝撃で壁一面が粉砕された。その槍は守護天使同様、アストラル存在の筈だったが、より実体化した存在に感じられた。つまり、アストラル体だが物質に近いと感じられる。だから、物体を破壊する事ができるらしい。いくらガードを張っても簡単に突き破られてしまうだろう。
「あたしを殺すつもり?!」
 もうもうと舞い上がる粉塵でミカが目を凝らすと、さらに守護天使が槍を持って突進してくる。
「キャアア!!」
 ミカは身を翻し、走って逃げた。ビルの中へと入り、夢中で階段を駆け昇っていく。
 守護天使は地上からビルを見上げていたが、ゴオッと勢い良く宙に浮き上がった。いつの間にか上の階から現れた守護天使にぎょっとしていると、戦巫女風の霊の両手にたずさえられた赤い槍が、再びミカに向かって勢いよく振り降ろされた。
「キャアッ」
 ミカは短い叫び声を発してルビーの槍を避け、今度は逆に下に向かって階段を降りて行った。
「ちょ、ちょっと待っ! 何を------」
 状況が分からない。何も考えられない。ミカはめちゃくちゃに走った。一体、自分がどこを走っているのかも分からない。
 いつの間にか、廃棄物の山まで来ていた。隠れても、守護天使は追ってきた。槍は障害物をものともせず一振りで吹き飛ばす。ミカは丸見えになった。霊相手に、身を隠しても無駄なのかもしれない。
 突然襲い掛かってきた守護天使に、ミカは混乱する他なかった。だが、とうとう追い詰められてしまった。このままでは殺される。
「嫌ァ-------止めてぇ!!」
 ミカはとっさに携帯する銃を抜いた。時空研メンバーとして、国防省より銃の携帯が許されていた。必死になって、守護天使に対して撃ちまくった。槍と銃では卑怯かもしれないが、この状況でそんな事言ってられない-------。
 銃弾は、守護天使を何事もなかったように通り抜けていった。やっぱり幽霊に銃なんか効くわけない。アストラル体の存在に、銃など何の役にも立たないに決まっている。守護天使は真紅の槍を振りかざした。
「そんなものに頼るな。力を使え!」
 言うが早いか、守護天使は槍で突撃してきた。
 銃を放り投げたミカは両手を頭に翳した。
 バシーン!と目の前で槍は反発した。
 突き出された槍はミカの手前で止まっている。目を開けると、ミカの眼前に赤いシールドがはり巡らされていた。
「お前は今、アストラル・シールドを張ったのだ」
「シールドって何」
「ただ身体に張り巡らしたガードとは違う。お前の跳ね返そうという強い意志だ。逃げている内はシールドを張る事はできない。立ち向かう気持ちがシールドを生み出した。これが基本だ。……始まりだ。いくぞ。覚悟はいいか?」
 黒髪の目つきが急にクワッと険しくなる。槍が炎のようなオーラを放ち、ミカの足を払おうと伸びてくる。
 ミカは飛び上がった。体が宙に浮いている。気が着くと背中に、白く巨大な羽が生えていた。左右合わせて三メートルくらいある。
「あっ羽が生えてる!」
 新宿で落下した時以来だった。あれは、幻覚ではなかったのだ。やっぱりミカは空を飛ぶことができた。追い詰められて、初めてそれを思い出した。
 ミカは、巨蟹市の上空一キロメートル近くまで飛び上がった。空中で宙返りしながら、同じ高さに浮かんできた守護天使を見やる。守護天使の背中にも、自分と同じ白い翼があった。
「出来るというイメージを持てば、それが可能になる。だが、本気でそう思うまで自分を追い込まないとそれはできない。できないと思うと、永久にできない。最初からできないという思い込みを捨てるためには、できる状況に自分自身を追い込むしかない。今お前は初めてシールドを張り、そして空を飛んだ。それはできる、というイメージの力がそうしている。その成功体験がまた次の機会に役に立つ。イメージこそが、引き寄せの法則だ」
 守護天使の持つ槍がまたミカの元へ伸びてきた。ミカは羽をジェット機のように水平に保ったまま、飛行速度を上げて槍を避けた。しかし空を飛んでも長い黒髪の槍を持った戦巫女は、どこまでもミカを追ってきた。まるで悪夢の追撃のように。だったら逃げきってやる。
 二人の速度は音速を超えていた! 依然、守護天使の方が数段スピードが早かった。ミカは下に身体をよじって旋回し、接近した守護天使の槍を避けようとした。だが、ミカの動きを察した守護天使の方が先手を打ち、下から槍をミカの喉元に突き付ける。喉に、鋭利な鉱石の冷たい感触を感じた。守護天使は、それ以上刺すことはなかった。
「お前は今、以前使っていた力を思い出している段階だ。誰に教えられなくても、お前は最初空を飛ぶ事ができただろう。しかし、実はお前はもっと以前から、それを夢の中で体験していた。それは、アストラル界で訓練していたのだ。言っておくがアストラル界で出来た事が、現象の世界でできない事はない。アストラル界で、お前は自分の力を信じていた。現実は、信じている事が作り出す。ならばアストラル界とこの世界に違いはない。逆に言うとこの世界は全て幻だ。お前の心が投影した映像だということだ!」
「あたしを訓練しようっての? だからって、いきなり攻撃する事ないじゃん! 心の準備ってものがあるでしょ!」
「力は、実戦で使う事によってのみお前はそれを知り、戦士となる事ができる。お前が戦士になるためには、そのように振る舞え。その時に、準備など必要がないと分かるだろう。『なりたい』のではない。なりたい、と願えばなれるのか? そうではなかろう。なりたい、と強く願う時、逆に今、自分はそれになっていないという観念を強化し、その観念が現実を強化する。そうではない、単に、そのように『振る舞う』のだ。戦士として振る舞うということだ。さすればお前のレゾンデートル(存在意義)が、平行宇宙より入れ替わる。私は戦士としてのお前を知っている。だから、私はお前をすでに完成された戦士として扱う。よって、常に実戦しかない。すべて実戦から、本当の自分自身を引き寄せるのだ。ただ自分が自分になるだけだ。だから私はお前に、このルビースピアーの洗礼で、お前が本当は何者であるのか、お前が最後本当の力を引き出すのか、突き付ける為にその状況を作り出す!」
 ミカはバック転するように後ろへ宙返りして、一気に下降し地面に降り立った。地面に着地すると、羽は一瞬で消えていた。すぐに守護天使も降りて来た。殺そうと思えば、いつでも守護天使はミカを殺す事ができるに違いない。この命がけの訓練は、もうどこにも逃避することはできなかった。
「全然理解できない。あたしをこんな目に合わせて、あんたを信じてたのに!」
「お前はやるのか、やらないのか?」
「……やってやるわよ! じゃあ。あんたなんかやっつけてやる」
 ミカの周囲に発生した赤いアストラル波が輝きを増す。ミカの怒りのオーラがタコの足のように四方八方に伸び、赤い稲妻の発光現象が解体現場を覆った。
「思い出せ、お前自身の力を! お前が覚醒する惑星グリッドの準備は整っている。我が攻撃を受けてみよ! お前のグリッドを点火しろ! 私は長き年月、この時をずっと待っていたのだ!」
 守護天使の槍が再びミカに襲い掛かった。
 その時、地響きが起こり、周囲の解体途中の建物が崩れ始めた。まるで仁王立ちするミカが引き起こしたように。
 バラバラに崩れ始めた建物の残骸が宙に浮き、守護天使に向かって次々飛んでいく。その時、ミカは新宿で崩れかけた建物の落下物を阻止した時を思い出した。
 黒髪をなびかせた守護天使はフワリと後ろに避けて着地した。槍を持って立ったまま、ビクとも動かない。ミカと同じく明るい赤のオーラが球状に守護天使を包んでいる。巨大な破片は守護天使のシールドの前で跳ね飛ばされて、こなごなに砕け散る。
「瓦礫を……ぶつけようと思ったら、ホントにできた。本当にあたしが……?」
「その通りだ。今日、この場所にお前を連れて来たのは私だ。……ここを今後訓練の場所に使え。しばらく、人は来させない。毎日、日が沈んだ時間にここに来い」
 守護天使は目の前でスーッと消えた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。ねぇ守護天使さん、守護天使さん!」
 ミカが、いくら呼び掛けてももう現れなかった。ミカは今、獲得した力について興奮状態に落ちいっている。もっと知りたいのに、守護天使は必要な事しか言わない、喋ってくれない。
 ミカは、時空研からの帰りに、ここで守護天使と毎晩対決することになった。ミカの特訓の後、再開発現場には凄まじい破壊がもたらされた。やむおえなかった。しかしどうせ古いビルの解体現場なのだから、気兼ねなどいらない。すべて解体され、建て替えられる予定だった。そのためにここが選ばれたのだ。
 ミカがビシビシ感じているのは、守護天使がミカの覚醒に焦っているということだった。時間がないらしい。誰にも見られずに、時空研にも気づかれずに特訓を行うには、この解体現場に侵入するしかない。
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