第5話 蛇の誘惑

文字数 2,756文字

 新世界の神・伊東アイは多忙らしく、滅多に大学の天文台に顔を見せる事がなくなった。オペレータの那月に、ミカと亮のエネルギーをアメジストに注入する作業を任せていた。本人は芸能活動で多忙とのことだったが、世界中に溢れたクローン姉妹とともに、何か別のことをやっているらしい。学園生徒会長のアイは、相変わらず高等部の校舎で見かける。三人目の成績優秀者のアイも、おそらく高等部の方で専念しているらしい。
 那月は、二人の力をさらに増幅するためにヱルアメジストの機能を拡張した。そうして人類の再生を加速させることが可能になった。ヱルアメジストが表示する世界の人口は、加速度的に増加していった。
「ちょっと、休憩しましょ。これ見てくれる。ヱルアメジストは、プラネタリウムの機能があるんだよ」
 那月はプラネタリウム機能に切り替えた。部屋が上下左右、宇宙空間となり、三人はそこに浮かんでいた。単なるプラネタリウムではなさそうだ。そう、それは本物の星の映像を使ったプラネタリウムであった。那月は星座をクローズアップして解説した。ミカは乙女座、那月は蠍座、亮は射手座である。そして三人ともA型だ。
「うわぁ------きれい」
 ミカは天空のパノラマに没頭した。
「凄いな。こんな機能があるんだね」
 ミカがつぶやくと、隣の亮も見入っていた。
「うん-------」
 那月は微笑んだ。
「あたしね、ヱルアメジストを使って、月の黒い船を撃退できると思うんだ」
 那月が言う言葉に、今度は二人の方が驚かされた。その次に那月が放った言葉はもっと驚くべきものだった。
「なぜなら、この世界で中心に立っているのはあたしに違いない、そうだよ。前に聞いたミカちゃんの話から推測すると。あたしがこの世界のザ・クリエイター、創造主なんだよ、きっと。伊東アイじゃない。あたしさ、今の話で自分が何者なのか、初めて分かった。自分はなぜ、ここに存在するのか。何をするために、ここに居るのか。理由を言うけど、あたしが来てほしいと思ったから、ミカちゃんが天文部に来たでしょ? そして原田クンも」
 と言って那月は亮の方を向く那月の目は完全に恋をしている。
「原田クンが来るためには、世界が壊れるくらいの危機でも起こらなきゃいけないんじゃない? そうでなきゃ、私はずっとここで一人だった」
 那月の言葉があまりに二人の予想を超えていたので沈黙が流れた。
「なぁんてね。冗談よ! あはははは」
 世界が自分の意識の投影であることは、自分の哲学だ、と那月は言った。
「求めよ、さらば与えられん。現実は自分が引き寄せる。そう言いたかっただけ。そのことを、ミカちゃんには新宿の屋上で、気づいてほしかったんだ」
 そうだ、那月はそんな事をミカに言っていたのだ。まるで観音のような微笑みで、那月は笑っている。
「地球を再生するためには、ディモンだろうが帝国だろうが、負ける訳にはいかないよね!」
「でも……さ、ヱルアメジストの機能は拡張しちゃいけないって、伊東アイが言ってなかったっけ?」
 アイによると、ヱルアメジストは「禁断の実」なのだ。それを限定的とはいえ、ミカ達に使わせているのだから、これ以上の機能は使わない方がよい気がした。
「そりゃ、管理者アイの権限までは踏み込まないけど、デフォルトの機能だけだと人類の再生に時間がかかっちゃうでしょ」
「まぁ確かに、鮎川のおかげで再生は順調に進んでるな」
 亮が流れ星を眼で追いかけながら言った。
「ありがとう」
 那月は微笑んだ。
「ね、久しぶりにUFOの写真、撮ってみない?」
「えっ、でももしアイに見つかったら」
「大丈夫だよ、彼女はこのところ天文台に来ないし、真夜中に来た事はないし。敵を知り、己を知れば百戦危うからず-----UFOの写真撮ろうって、二人も言ってたじゃない。ディモン軍の動向を知らないと、対策も打てない」
 その日、撮った写真の中には、無数のUFOの船団が映っていた。写真から発せられた侵略者の邪悪な気は、今迄になく強い。ミカはできるだけ見ないようにと心掛ける。
「やっぱり、日を追う毎に、数が増えている。伊東アイの活動が世界に溢れているのと比例して、増えてると思って間違いないようね」
 那月は無数に浮かぶ黒いUFOの船団をまじまじと眺めて観察している。船団が地球に侵略するのも、いよいよ間近なのかもしれない。伊東アイは、世界中でその防衛策を講じているのだろう。
(おかしいな、確かにこの物体の映像から恐ろしいエネルギーが出ている。わたしは直視できない。それなのに------那月は何も感じていない。亮もわたし程じゃないらしい。もしかして、わたしだけ?)
 ミカは、ちらっと映像を覗き込んだ。目の前に白くもやが掛かった。二人の会話を遠くで聞いているような感覚に陥る。このまま見続けるとまた気絶しそうだった。しかしそれがいけなかったらしい。目眩がするのを隠せなかった。ミカはクラクラしたまま、床にへたり込んだ。
「大丈夫?」
 那月は立ちくらみしたミカを不思議に覗き込んでいる。那月の表情はミカとは逆に、以前より元気に感じられるほど変わっている。
「どうしたの?」
 那月はミカの異変に気づいた。
「ううん、なんでも……」
 部屋がまだぐるぐると回っている。
「来栖、やっぱり見ない方がいい。来栖、校門の前でこの写真を見てて気絶したんだ」
 亮が心配する。
「えぇ? 本当に」
「この写真自体に力があって、邪悪なエネルギーが出ているせいだ。来栖は特に敏感らしい」
「ミカちゃん、何で言わなかったの。救急車を呼ぼう」
 那月は驚いてミカの肩を両手で抱く。
「そんなことしたら生徒会長にばれる。少し休めば大丈夫」
「すぐ医務室に行こう。わたし、場所知ってるから」
 那月に連れられて、天文台のすぐ隣に医務室の建物があった。ミカはベッドに横になる。
 那月はベッドの傍らに座って、ミカの様子を見ている。
「ねぇミカちゃん。ミカちゃんと原田クンが世界を救ったんだよね。私もそこに参加できて、凄く嬉しい。本当の事話してくれて、感謝してる。ありがとう」
 弱々しく頷いたミカに那月は微笑みかけて言った。
「ミカちゃんが写真見れない分、私が写真を撮り続けるから、何も心配は要らないよ。私には、ミカちゃんや原田クンみたいな力はないかもしれないけど、私にできる事だったら何でもやるからね。天文台は一晩中稼動しているから。今日はもう帰ろう。明日から深夜に再度、密かに集まるの。深夜ならきっとばれる事はないよ」
 那月がアイに恐れをなした以前の姿はどこかに消えていた。その夜、那月は二人に知恵の実を食べることを勧めた。
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