第15話 ディモン・スター鮎川那月

文字数 4,303文字

「結局、あなたの気に入らない人間を、月の牢獄に閉じ込めているだけでしょ! カグヤさんを追放したのも、あなたね」
「いいえ、私は原田カグヤを追放なんかしていない。原田カグヤはあの時、人類の意識の段階が、最終局面でブルータイプと融合をするまでには至っていない事を察した。人類が、ライトフィールドよりダークフィールドを選択した事が分かった。セレン計画が失敗したのは、人類側に大きな問題があった為よ。それで彼女は直前で姿を消し、先の未来に賭けた。真の月の女王・セレネーの力を、温存する為に」
 今度はアイ1のバックに地球の図が青く輝く。
「じゃどこに居るというの?」
「私にも分からない。原田カグヤの力は、私を上回る。だから、私にも探査できない。どこかの時空へと消えた。でも私は感じる。いつか戻ってくるでしょう」
 アイ1は、本当に原田カグヤの行方を知らないのだろうか? 何か隠している? ミカは不審に思う。
「那月も月に居るのね」
「那月さんは月には居ないわ」
「那月をどこにやったの」
「彼女はこの時空には居ない」
「何でも分からないっていうの? まさか那月まであなたの力を上回ると? そんなはずないじゃん。あなたが月の時空に封印しているんでしょ!」
 ミカはアイ1の鼻先を指差す。
「違うわ。どこへ行ったかは私にも分からない。それは彼女が選択したこと。私が消したのではない。自分から去ったのよ」
「とぼけないで、あなたが消したのよ!!」
 まだミカのせいだというのか。そんな事は絶対に認められない。
「自分の意思で、居なくなったのよ。この時空から」
「嘘よ!」
「私も、もし知っているのなら、あなたに教えてあげたい。でも、私にも分からないのよ。それを伝えようと思って、ここであなたを待っていた。あなたがその事で、私を憎んでいる事を知っていたから。許してもらえるかしら」
 アイ1でも、太陽、月、地球の三つの時空のどこに鮎川那月が行ったのかわからないという言葉を、ミカは到底受け入れられない。
「どうして那月が、自分で他の時空に消える事ができるっていうのよ!」
 ミカは叫んだ。
「那月さんが、確かにディモン・スターだったからよ。なぜ、ミカと亮が再生させた新世界で、ブルータイプが増えたのか? それは、那月さんという特異点の存在があったから。むろん、本人の自覚なしにね。最初に、月の中にディモン兵器を発見してしまったのは那月さんだった。そして、那月さんはミカと亮の側にいて、月の中に兵器の像を映し出し、二人に見せてしまった。おそらく、その力を使って時空の秘密を解き明かしたのでしょう。そして、自らこの時空から姿を消した。それだけ、彼女は原田亮の事が好きだったのね。でも、この世界から消えてしまうくらい、亮が自分を選んでくれなかった事が悲しかった。そして、あなたに対して敗北感を抱いた。だから彼女はこの世界から居なくなった。それが真実よ」
 ミカは、那月が自ら消えた事を認めたくなかった。那月は亮に恋をし、たった一日で美しく生まれ変わった。激しい情熱で亮に迫り、親友のミカに対しても恋敵としてライバル心をむき出しにした。そして、恋に敗れたと悟った那月は、その悲しみが彼女の中に力を生み出した。そしてミカと亮の前から消えた。自ら、この時空から姿を隠した。
「なんで、なんでそもそも那月はディモン・スターだったのよ? あの子が一体何したって言うのよ!」
「世界が滅びる前、あなたが新宿で世界の運命を決定する夜、あなたは那月さんに会ったでしょう。実は、あの時、那月さんはダイレクトに世界の中心のあなたの影響を受けてしまった。言葉も交わさずに、意識も合わさずにすれ違っただけの街の人たちは、あなたの影響を受けなかった。だけどその時に、那月さんはディモン・スターになった。街を通り過ぎるような人じゃない、直接あなたと話をした人間は、あなたに影響を受けてしまう。自暴自棄になって、世界なんか滅びてしまえと考えていたあなたに」
「なんですって……」
 ミカはショックを受けた。那月はミカを助けに来たのだ。だがそのお陰で、那月がディモン・スターになった。つまり、ミカのせいだったというのだ!
「それを、ブルータイプ被ばくというわ。鮎川那月の名は、あの時『愛染ユキヱ』だった。あなたはそのことを忘れているだけ」
 ミカは初めてその事実に気づいた。
 「ユキヱ」も「那月」も、どちらの名前の記憶もミカにはあった。これは一体何? そう、九十九パーセント・ライトフィールドの彼女はユキヱであり、九十九パーセント・ダークフィールドの彼女は那月だ……。
「たとえライトフィールドの自分自身が一パーセントでも、那月さんには、光へつながろうという情熱があった。だから、光の自分と共に、状況をオセロのようにひっくり返そうとしていた。その光への情熱の証拠が、あの時、十一月の巨蟹市に夏を来させていた。あの猛暑は、闇にまみれた彼女にそれだけ光への情熱があった証拠なのよ」
 「夏来」(なつき)か……。
 那月は、そのライトフィールドの自分自身、「ユキヱ」へつながることで、闇から光へと相転移することを目指して、失敗したのである。
「ユキヱさんは、それ以前はディモン・スターではなかった。あなたが最初に時空研に来て、『世界を救え』と言われた時、あなたは親友の愛染ユキヱにもう一度会いたいという気持ちでそれを決心した。だけど最初にユキヱさんがあなたから被ばくを受けてしまったために、再生した新世界にブルータイプの鮎川那月が存在する事は避けられなかった。もともと平行宇宙のディモン・スターの彼女と、強いコネクションを持ち、遠い糸で繋がっていた、ということもあるのだけど。新世界で、彼女はすでに最初から完全なディモン・スターだった。那月さんは無意識のうちに、ヱルアメジストを操作して、まっさきに月面にダークシップの侵入経路を開けた。この計画は、亮があなたを選んだ最初から、この新世界にブルータイプが溢れる状況が起こる危険があった。その時私は、すぐにあなた達の前に現れ、問題を回避する事にした。だけど、その後も問題は尾を引いたわ。那月さんはあなたから亮を奪おうとしていたわね。だけど、亮は那月さんを選択しなかった」
 伊東アイ。何もかもお見通しの女。
「…………」
「その事件で、あなた達の間にも深刻な亀裂が起こっていた。でも、あなた達と那月さんの三人がどう選択するのかを、私はずっと見ていた」
 それで、人馬市は鮎川那月をブルータイプではないと言い張り、放っていたのだ! 伊東アイの命令で。
「だけどあなたは亮との関係に迷い苦しみ、亮も一人で考え込む事が多くなったわね。その結果、亮の中にあった、時輪ひとみへの思いが実体化してしまった。ひとみは異東京のプランAの失敗で、ブルータイプとなった。時輪ひとみは、亮の右目から出現した。そのせいで、新世界にブルータイプが溢れていったのよ。亮の中の、特異点を通してね」
 アイ1は、静かに事の真相を告げた。
「ち、違うわ、全部うそ! そんなのうそだ、那月はあなたが殺したのよ! 殺して、月に封印したに決まってる!」
 ミカは、どうしても認められなかった。自分が、前宇宙のザ・クリエイターだった自分のせいで、愛染ユキヱがディモン・スター・鮎川那月になったなんて。全ての責任が、自分というザ・クリエイターにあるなんて事は。ショックで涙があふれてくる。
「殺してないわ。自分で消えたのよ」
「いいえ、殺した!」
 認めたくはない。
「殺してない」
「殺した!! 殺した!!」
 絶対に。
「前も、あなたは私に原田亮を消したといって、騒いだけど、ぜんぜん成長してないわね。那月さんは、亮が自分を選ばなかった悲しみで、自らの力を使ってこの時空から消えた。私が殺したわけではない」
 誰にも、那月を自分のせいで……。闇堕ちした理由が自分だなんて。そんな目に合わせたとは言わせない。
 アイ1は知っている。鮎川那月は、平行宇宙の秘密を知り、アイから姿をくらますために、自ら平行宇宙に飛んで消えた。あの大学の薔薇の迷宮の向こうへ。光の自分、愛染ユキヱの待つ世界へ。あたかも、人馬市に囚われたかのようなフリをして。
「世界の滅亡を呪ったあなたに、その自覚はなかった。だけど、あなたはユキヱさんが来なければ、そのままビルから飛び降りようとしていたでしょ。本当は死んでしまった世界が九十九パーセント。でもユキヱさんが来てくれたおかげで生きようという気持ちが生じ、たとえビルから落ちても死ぬことがなかった。生きる決心をしたからよ。でもそれがなぜ、ユキヱさんをブルータイプにするほどネガティブなエネルギーだったか。自殺は世界を破壊する行為だからよ。自殺とは、自己否定の気持ちの表れ。でも自分を破壊することは、世界を破壊すること。あなたは世界なのだから。どんな時でも、あなたと世界は繋がっている。決して自暴自棄になってはいけない。自分を大切に想わなくて、誰があなたを大切にしてくれるの。その事を自覚しなさい」
 それは、ミカにとっては決して認められない言葉。
「もしあの時、ユキヱさんが来なかったら、あなたはそのまま落ちていた。そして世界は……。見せてあげる」

 部屋に、夜の西新宿が現れた。高僧ホテルの最上階の柵の前に、来栖ミカが立っていた。両手を広げて飛ぶような格好をして、そのまま落ちていった。ミカの身体は点になりたちまち見えなくなる。身体が浮き上がる事はなかった。
 クロスユニバース、宇宙創成、巨蟹学園、新ヱデンでのアダムとヱヴァ計画、生徒会長との確執、守護天使との特訓、ダークフェンリル出現、そしてシャンバラからの独立。
 これまでに起こった出来事は全て、地面に叩きつけられるまでの刹那に見た幻想に過ぎなかった。ミカの想いは死と共に終わった。光の流れとなって、世界は揺れ始めた。巨大地震で高僧ビルが大きく揺れ、ぶつかり合いながら崩れていった。やがて大地からマグマが噴き出し、すべてが破壊されていく。

 なんてイヤなヤツ……。
「ユキヱさんのおかげであなたは、最後の瞬間かろうじて生きる決意をし、世界再生につなげることができた。彼女に感謝する事ね」
「許さない……よくも、よくも私と那月を侮辱したわね。冒涜だわ。あんたを殺して、ここも、委員会も全滅させてやる!!」
「待ちなさい、止めるのよ、ミカ!!」
 制止したのは宝生晶だった。
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