第9話 ルビー・ドライバー

文字数 5,147文字



 ミカ・ヴァルキリーはヱルゴールドからのアストラル通信でナビゲートされながら飛んでいた。ヴァルキリーとヱルゴールドは直接、アストラル通信が可能となっていて、ミカの意識にダイレクトに情報が送られてくる。ゴールドによると、目的地は近い。
 メタルドライバーが守る「地下の帝国」の門があるポイントへと近づいていた。そこは、ヒマラヤ山脈の荒涼とした雪山の上空だった。アストラル物質体は、宇宙空間も飛行できるし寒さも感じない。
 ヒマラヤ山脈が目前に近づいて来た瞬間、たちまち嵐の雲が渦巻いた。メタルドライバーは雷と嵐を呼ぶのだ。まだ、ミカはその姿を見ていない。
 ミカは地球最後の秘境、神秘の谷、ヤルンツァンポ大峡谷に到着した。ここが地球とはとても信じられない景色の中を、ミカは飛んでいた。ここは高低差七千メートル超という、グランドキャニオンを超える世界一の大渓谷であり、科学が発達した現代でも、いまだ人跡未踏の秘境である。この付近では、煩瑣にUFOの目撃がなされているが、それはシャンバラのゲートが存在するゆえだった。
 荒涼とした世界に、禍々しいダークフィールドを放ったあの獣の姿が見えてきた。ダークフェンリルは最初に基地に出現した時よりも、およそ数十倍も巨大に姿に膨れ上がっていた。彼はシャンバラに侵入しようとし、その手前で門番のメタルドライバーの持つ白い輝きの超プラズマ鞭・グレイプニールに生け捕られたのだ。
 そのメタルドライバーは、白羊市に現れた者とはカラーが違っていた。形状こそ酷似していたが、ピジョンブラッドの輝きを放ち、全身がルビーで出来ている「ルビー・ドライバー」だ。金額にしたら一体いくらになるのか、ま、そんなものは地球上にありえない。地下帝国シャンバラの錬金術で産み出されたもの以外には。これが、ヱデンの永遠の実を守るケルビムだ。
「あいつ。なんてことなの……あたしのスピアーと同じルビー? ルビーに属するモノと、戦わなくちゃいけないなんて――」
 グレイプニールでおとなしくしている、ルビー・ドライバーの飼い犬のようにも見えるダークフェンリルの手前に、ミカ・ヴァルキリーは降り立つ。背中の羽は消えた。
「メタルドライバー! 今からわたしがそいつを倒すから、あんたは下がりなさい! あたし、正直あんたと戦いたくない。だから手を出さないで!」
 ミカは夕日を背に、ルビースピアーを相手に向けて叫んだ。
「熾天の炎よ! お前が生み出したこの者、ダークフェンリルは、今のお前の力ではもはや阻止できない。私が拘束しているグレイプニールを解き放ったら、彼は姿を消し、地球の核を破壊する。彼はお前の手に負えないほどに強大化している。なにゆえセレンドライバーが、時空研のヱルゴールドをマニュアルドライブしようとしたか------。汝がダークフェンリルを解き放ったこの宇宙を、円満に終焉させるためなり。そうでなければ、あらゆる平行宇宙に、禍根を残すことになるからだ」
 目の前のルビー・ウォリアーが、返事をしたのでミカは驚いた。メタルドライバーはしゃべれるのだ。割けた口からギザギザの尖った歯が見えている。口の中も真っ赤だ。時輪経オリジナルに、ヴァルキリーが「熾天の炎」と記されている事を、ヱルゴールドがミカにアストラル通信で伝えてきた。
「よく聞け、紅玉のヴァルキリーよ! 汝はセレンドライバーを破壊し、世界の危機を重大なものとした。汝の技では彼を逃がすことになろう。だがやがて我が軍団が光シャンバラから続々と上がってくる。我らのリーダーでなければ、この者を倒すことはできぬ。汝は黙って手を引け」
「断るわ。あたし、シャンバラの伊東アイ・オリジナルに用があるの。あいつを倒して、亮を救わなくちゃいけない。その邪魔をするヤツは、メタルドライバーだろうとダークフェンリルだろうと誰だろうと倒すまでよ! もしあんたも邪魔するなら、たとえルビーでも、仕方ない------」
 ミカが、白羊市でこの者の仲間を破壊したように。本当はルビー同士の果たし合いはしたくなかったのだが。
「このままでは、汝はまた、三十万年前の過ちを繰り返すことになろう。それを見過ごす事は、我ら自身もまた禍根を残すことになる。トランセム文明が地球を支配していた時代、五つの都市を支配した人間共は、超古代の眠りより我が軍団を復活させた。我らはあの時、トランセム人と共に、月のディモン帝国との決戦を戦った。しかしその戦いの勝利の後、五つの都市は、我らの破壊力を使ってお互いに戦争をはじめたのだ。愚かなり、人の為す行為は今の世も同じ。その結果、大陸は一日にして沈び、かの文明は滅び去った……」
 ルビードライバーは内部から赤く発光している。その美しい光が、ミカの心をかき乱し、ジレンマを生んでいる。
「お前達は-----何者なの」
「ヱルメタルも我らも、共にシャンバラから人類に贈られたモノ。人類が光明か破壊か、どちらの道に使うのかという試金石として生み出された。我らは戦士として、ヱルは頭脳として。共にシャンバラのヱルから別れ、進化してきたモノだ。だがあの栄光のトランセム文明の末期、数多く居た我が種族は世界と共に滅んだ……。我らは、僅かな生き残りがシャンバラに保管され、今日、ウォリアー・ケルビムとしてゲートの守護者を任されている。あの時の苦い記憶を繰り返さぬよう、生き伸び世界を見守る番人として再設計されて」
 メタルドライバーはヱルシステム同様のメタル生命、機械と生命の融合した、生体機械の兵器だった。全てがメタルで出来ておりながら、それは生きている。魂を宿した機械は、意思を持ち、自らの判断で行動することができた。
 三十万年前、地球を滅ぼした者として時輪経に記録される旧支配者・メタルドライバー。その星を滅ぼす力を持った者が、ミカに警告を発していた。
「伊東アイに改造されて、飼いならされて、操られてるだけのあんたたちが、生きてるっていえるの? あたしだったらお断りね!」
 おそらく自由な意思を持たぬ、哀れな生き物……ミカにはそうとしか思えない。
「何ゆえに、生き残った我らを伊東アイは残したか、その意味をお前は知らなければならぬ。二度とこの世界を滅ぼさないためだ。その為に、伊東アイはこの世界の番人として我らを、プログラムし直したのだ。我らはこの三十万年間、アイの忠実なしもべとして世界を見守ってきた。ヱルメタルを与えられた人間たちが、ヱルを使って暴走した時に、我らはヱルメタルを阻止する。一度世界を滅ぼした我らだが、今は世界の破壊を阻止するために、この世界に生きているのだ!」
「-----ちょっとあんたね、こっちは散々、伊東アイの理屈には辟易してんのよ。アイの言うことに、何の疑問も抱かない奴に言ったって仕方ないけど、邪魔するんだからはっきり言うしかないわね。全部、支配者の都合のいい口実じゃないの! 伊東アイに伝えといて。もう二度と、そんな手に乗るもんですか!ってね」
 巨大美少女兵器の言葉は、時空研で見守る宝生晶たちの代弁でもあった。
「熾天の炎、紅玉のヴァルキリーよ。我らは、ディモン軍の兵器に勝る力を与えられている。ゆえに世界を破壊しうる力ともなる------。だが、その我らに唯一対抗できるのが汝の、ヴァルキリーの力なり。もしそれが暴れればどうなるか、ディモンの悪鬼共と変わらなくなろう。それこそが三十万年前の過ち。ディモンも我らも悪鬼共も関係がない。汝は、我らと共にあの時世界を滅ぼした。アスラよ、かつての過ちを繰り返してはならない。あの時、全てを破壊した後、お前はどう思ったか? 深い業(カルマ)を作り、苦しんだはず。……その忸怩を思い出せ!」
 旧支配者は、ミカを「アスラ」と呼んだ。それは、恐るべき戦闘天使の能力を持ち、トランセム帝国に生きたミカの名前だった。人類が窮地に立たされた時に人類の中から誕生する、凶暴なまでの戦いの力。
「アスラ……」
 それは、トランセム帝国を生きた守護天使の名だった。
 ミカは自分の爪の伸びた左手を見た。角が生え、犬歯が伸びている。それはまさしく阿修羅、鬼と言ってよかった。
「あたしが……世界を滅ぼした……。そんなの……そんなの嘘よ! 嘘に決まってる」
「ヴァルキリーよ。阿修羅よ。世界を破壊する事について、汝は我が種族メタルドライバーの力に匹敵する。故にこそ我らは二度とこの星を滅ぼすまいと、決意し、星を滅ぼす者と戦おう。彼、ダークフェンリルを撃ち砕き、そして、それを邪魔するならば、汝とも戦おう」
 世界を救うために戦う-------。この生体機械は、三十万年前と状況がまるであべこべなのだと言っているらしい。
 ルビー・ドライバーがグレイプニールで拘束しているダークフェンリルは、その身体がスモークがかった結晶と化し、しかも動いていた。その下半身にガスコンロみたいな青い炎を背負っている。
 突如、ダークフェンリルは雄たけびを上げると、避けた口から火を噴いた。ミカはとっさに避けた。ルビー・ドライバーはダークフェンリルを拘束する手綱を引いた。怪物が吐いた火は、火山から噴き出たような巨大な火柱となり、上空に光の軌道を生み出した。
 大地は揺れ、遠くで赤い光が見えている。どうやら大地が避け、火山が生まれて火を吹いているらしい。そしてダークフェンリルは時々雄たけびを上げては火を吹き、それに反応するように火山が吹き上がった。空は火山灰で赤黒く、地平線だけがうっすらと白みかがっていた。黙示録の光景だ。ミカは新宿で体験した世界の終焉を思い出した。
「どいてくれる、そいつを放っておいたら、世界が滅びるじゃない! あたしがそいつを倒すんだから」
「無駄な事だと言っておろう! 今の汝の戦闘力ではこの者には絶対敵わぬが故、取り逃がすであろうと」
「私を見くびらないでくれる。私はね、ルビースピアーを取り戻したのよ。あんたこそ、さっさと退かなきゃこのルビースピアーを食らわせてやる! たとえあんたがあたしの愛するルビーだとしても、私の邪魔をする者は、誰だろうと叩きのめすだけなのよ!」
 ミカ・ヴァルキリーのルビースピアーが、ルビー・ドライバーへ向かっていった。ルビー・ドライバーはアンテナランスを振って、スピアーを避けた。
「愚か者め、まだ自分の過ちが分からぬトハ! 我が最後の忠告を無視した以上、結局は汝と戦うしかない運命だったようだな」
 ルビー・ドライバーはとっさに左手の甲から延びるグレイプニールの拘束を緩めた。ドライバーは、ハッとするも、純金のツインテールをぐるぐる回転させて迫るミカの猛攻を受けなければならなかった。
 ダークフェンリルは一声吠えると、螺旋に吸い込まれるように身体が回転し、たちまちにして、その姿はもやとなって消えていった。
「しまった」
 そう叫んだのはミカだった。
 だが今度は、横に居たルビー・ドライバーが、ルビーのアンテナランスを振り上げてミカ・ヴァルキリーに襲いかかってきた。
「とうとう汝は、取り返しのつかないことをしてくれたな! どんな愚かなことをしているのか、汝はまるで分かっていない! 仲間が到着する前に、汝はわが手で葬り去る! でなければ彼、ダークフェンリルを再び捕える事もできぬワ」
 暗雲を背に赤い蓄光で輝くルビードライバーの雄たけびと共に、突風が吹き、砂漠の大地に雹と稲妻が叩きつける。
「……アハハハハ、やっとその気になってくれたわね! ダークフェンリルならあたしが探して倒すから心配しなくていいって、さっきから言ってんでしょ。あたしをこんなトコで足止めさせて。そこを退(ど)かなきゃやってやるわよ!」
 嵐の中、ルビー色のランスとルビースピアーが激しく赤い火花を散らし、荒野を赤く照らした。
「このルビースピアーがある限り! ルビースピアーは、宇宙最強の、兵器なんだからァ-------!!」
「見損なったか! 我もルビーであることを……」
 その言葉も虚しく、ルビースピアーの一撃が、ルビー・ドライバーの胸を撃ち砕いた。巨大な身体は八方に赤い光を放ちながら、粉々に砕かれ大地に飛散した。
 来栖ミカが大切に想っているルビーを倒したことは、ミカを嫌な気にさせた。が、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。ミカはすぐさまダークフェンリルを撃たねばならなかった。ミカは背中に羽を生やし、上空へと飛び上がった。
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