第13話 伊東アイ・オリジナル

文字数 6,993文字

 巨大な太陽、月、地球が均一の大きさで浮かんでいる。三つの星が明るい宇宙空間の中でゆっくり回転している。その太陽の光は決して眩しくなく、柔らかい。部屋全体がスクリーンなのだろう。
 その宇宙空間の中に金髪碧眼のアイ1が立ってミカを待っていた。アイ1と会うのはミカも初めてだった。アイ1だけが金髪碧眼というのは不思議だった。ミカも今、ヴァルキリーとなって、金髪碧眼になっている。
 アイ1は、伊東アイのマイクローンの中にあって、本体だという。クローンといっても、当然、現代科学で知られている技術ではないはずだ。おそらくアストラル体の能力で、分身し、実体化しているのかもしれない。それくらいの能力が、アイのオリジナル、アイ1にはあるはずだ、とミカは思う。
「あなたを待っていた」
 伊東アイのヘッドである委員長アイ1は、青い目でミカをじっと見た。ミカも青い目で見返した。
「あなたがオリジナルって訳ね? この地球という箱庭宇宙の中で、あなたは好き勝手やってきた。歌手になったり、生徒会長になったりして、私をからかって、さぞかし満足したでしょ。あたし-------アイドル歌手になりたかった。でも、私はあなたに打ちのめされた。徹底的に。私があなたをテレビや雑誌で見る度に、どんなに悔しい想いをしたか、分からないでしょ? 自分で造った箱庭の中で遊べて楽しい? ほっんとに嫌味な奴! ……でもいいわ。そのお陰で本当の自分に目覚めることができたんだから。感謝してるわ。この、フォースヱンジェルの、ヴァルキリーの姿にね」
 ミカは胸に手をやる。
「ミカ、今から晶がアイに言う事があるから伝えてくれない」
 二人の対峙の最中に、ミカの頭に不空怜の声が響いた。ヱルゴールドが光シャンバラまで通信をつなげていた。
「あたしの声を使って?」
「そうよ。ダイレクトには伝えられないから」
 怜は、ミカに口寄せの巫女の役割を期待している。
「分かった。アイ、今から晶さんの言葉を伝えるわよ!」
 ミカはアストラル通信でそのまま晶と繋がった。
「伊東アイ、人類を解放するデクセリュオンの初代司令官として、ご挨拶する。シャンバラを守る兵士ケルビム、メタルドライバーは全て、破壊された。あなたはもう無力。あなたが白羊市を占拠する代わりに、わたしがシャンバラを占拠した。私たち人類は、三百伊東アイ委員会から自由になることを宣言するわ」
 ミカの口を通して宝生晶は、改めて独立宣言した。とうの昔に、アイの分身を通して本体に知れ渡っているだろうが。
「あなたの選択は、茨の道よ。わたしのアドバイスは受け入れた方がいい」
「これまでのことには、一応感謝しているわよ。でもこれからは、人類として、あなたの意見を受け入れるかどうかは、その都度、わたし達が自由に判断する。特に、血液の問題に関してはね」
 この地球で、誰にも不当な差別は許さない。
「宝生晶。間もなく、レッドタイプと、ブルータイプの長く苦しい戦いが始まる」
「そんな事、絶対させないわよ! ------この私が」
 晶は即答で断言した。
「巨蟹学園での事件以来、まだ世界のどの時空にも、特異点は出現していない。あの時出現したダークフェンリルを除いては。ブルータイプが増加しても、ディモン兵器が現れる徴候は出ていない。三百伊東アイ委員会が、プランAのセレン計画及びプランBのヱンゲージ計画を通して、人類のヱヴォリューションを促す計画を立てたのが、逆に、人類のヱヴォリューションを阻止するためだったというのが、真実だと思える。特にあなたは、ブルータイプの登場を阻止したかった。ブルータイプとレッドタイプという二つの種族がこの地上に現れ、出会う事は、二つの種族のエネルギーが混ざりあう事になる。それによって、この地球に新しい進化のエネルギーが誕生する、陰陽の融合が生じる。そう、これは二つの種族の『結婚』なのよ」
 晶は持論をまくしたてる。
(まーた、そーやって根拠のない事を)
 怜はハラハラしながら晶の言葉を聞く他なかった。科学者として、言いたい事はいっぱいあった。
「二つの種族はヱンゲージするに違いない。それがきっと、ヱヴォリューションの正体に違いないのよ。宇宙が、陰のエネルギーと陽のエネルギーの融合で誕生した事。それが、ヱンゲージ計画の原理だったわよね。だったら、この地球上で『二つの種族』がヱンゲージする時、人類は飛躍的な進化を遂げることになる、そうでしょ? その両者の結婚を邪魔していたのが伊東アイ、つまりあなたって事。両種族の間違った出会いを演出して、人類の進化を阻止しようとした。間違った出会い方をした時には、結婚生活だって戦場になる。そうしてしまう事は、逆に言うと簡単な事かもしれない。あなたの策略と、テクノロジーをもってすればね。永久にあなたがこの星で人類の飼い主になる為に、あなたはそうした……」
 晶は、アイ1との対話を五大時空機関に放送している。
「つまりあなたが言いたいことは、私が、ブルータイプに濡れ衣を着せたという事?」
 アイ1は静かに尋ねる。
「それ以外の何物でもないでしょ? そしてブルータイプが地上に出現すれば、必ず滅ぼしてきた。そうすれば、あなたはブルータイプをディモンという存在に仕立て上げ、永久的に真実を封印させておく事ができた。人類は何度も文明を起こしては滅び、伊東アイの支配から脱却できなかった」
 横で聞いている怜は、ずっと晶に賛同できずにいる。
「ミカのヴァルキレーションは、確かに、亮とのストレートヱンゲージが始まりだった。二つの異なるエネルギーがしかるべき段取りで交流する時、進化が始まる。二人のヱンゲージは、私たち人類への示唆だった。これから、ブルータイプとのヱンゲージを模索していけば、きっと人類は進化するはずなのよ」
 ブルータイプのディモンとしての証拠がない以上、宝生晶の言う事はもっともらしい。
「あなたにとって、レッドタイプはきっと支配しやすい人種だったに違いない。ブルータイプよりもね。ブルータイプという種は、ダークフィールドをまといやすい危険性があるのかもしれない。だけど、この星に生まれてきた生命には、生きる権利を持っている。種族の違いを超えて、この星で生きていくことを許されているはず。そして私たちとも共存できる、私たちレッドタイプは、決して彼らを排斥してはならない。同じ星に住むもの同士、導き合い、助け合わなければならない!」
 委員会の命令するブルータイプの抹殺。それは宝生晶にとって、現代の魔女狩りに他ならなかった。
 ブルータイプが、異東京で黒い船を操って世界を滅ぼしたA級戦犯だったとしても、それは再生した世界で、新しく生まれたブルータイプの罪とは言えなかった。
 なぜなら、もはや世界は前と異なるからだ。新しいブルータイプが、異東京のブルータイプと同一であるとは言えない。何故なら、彼らに、血が青いという以外に人類との違いはなく、さらに本人達にもその自覚なく、かつ敵としての行動などまるで見られないのだから。過去のブルータイプがどうであれ、現在、新しく生まれてきたブルータイプにはこの星で生きる権利があるはずだ。
 ブルータイプといえども手を取り合い、お互いが一つになる努力をし、この星で結束する事ができれば、それこそが「進化」に違いない。それが晶の信念だった。だから自分はブルータイプを見捨てる伊東アイから独立する。
「------あなたのように甘い考えでできる事ではない。ブルータイプ、すなわちディモン。彼らは、自分たちが過去なした選択の誤りによって、進化の経路から脱落してしまった種族。もしあなた達が今まじわれば、たちまち彼らに汚染され、乗っ取られてしまうでしょうね。そうして地球はまた滅びる。今は到底、共存できる段階ではない。共存するには、まだまだ長い長い道のりが必要なのよ」
 調生命体の少女は、インディゴブルーに輝き出した。
「バカな事を言わないで。そんな話、ブルータイプについても、すべてあなたのでっちあげに他ならない。ブルータイプに、敵としての証拠がないのはなぜ? あなたはよく何を選択するかって聞くけど、それこそ、あなたじゃなくて、すべては人類が選択するべき事なのよ、私は必ず、ブルータイプとも、共存してみせるッ」
 晶の右手の拳が震えている。

宇宙大戦の記憶

「あなたたちはいつもそうだった……。わたしの言葉を聞く耳持たず、そうして、勝手に判断して、間違っていって-------、わたしは仕方なく時空を何度となく閉じ……、また0から始め……。私は幾度、そんな事を繰り返して来たかしら。わずか三十万年前、トランセム帝国の時もそうだった。そしてこの星で無数の文明が出来ては消えていった。そうでないと、この星は滅びてしまう。ダークフィールドが蔓延すれば、この星の磁場で生命は生きる事ができなくなる。無数の平行宇宙の無数の地球は、すべて一個の存在で、関係しているってこと、知ってるでしょ? 平行宇宙の相互作用、宇宙同士は、お互いに影響を及ぼしあう。一つの平行宇宙での崩壊が、別の平行宇宙にも影響を及ぼしていく。ではあなたに禁じた、ディモンの話をしてあげましょう」
 アイ1が秘密を開示しようとしている。
 晶も怜も、そして晶の言葉を伝えるミカもアイ1の言葉を待った。
「------悠久の太古、かつての宇宙で、とても解決できない困難な種族間の対立が起こった。それは天使軍団と堕天使の戦いとして、人類の伝説にも長く語られてきた。宇宙中を巻き込んで、永久に続くような、果てしない、どうしようもない憎しみの連鎖だった。その果てに、私は二つの種族を二つの宇宙に別けた。二度と、戦いを起こさない為に。その一方がディモン。つまり帝国の事よ。帝国を最初、遥かに遠く離れた平行宇宙の彼方へと追放した。彼らが、もう一方の種族に比べて数多くの問題を起こしていた為よ」
 アイ1とミカの立っている宇宙空間に、太古の宇宙大戦の様相が映し出されていった。クェーサーが撒き散らす暗黒エネルギーが、諸惑星を破壊していく。
「彼らは永く、ずっと封印され、眠ったように生きていた。しかし一億年前、とある別の平行宇宙の人間が、彼らディモンの平行宇宙を発見して、召還してしまった。その時、帝国は永い永い眠りから目覚め、月を侵入経路として、再びこの地球を舞台に、数々の宇宙に対して平行侵略を開始した」
 戦場は、この地球に引き継がれた。
「それ以後、人類の歴史は、たびたび侵略する帝国と戦い、そして月へと押し戻す戦いの歴史だった。この一億年の間、地球は光と闇の星になった。延々と一億年間続いた帝国との戦いは、光と闇の不滅のゲームと呼ばれている。いつまで続くか、分からないからね。その間、地球はずっと産み出されるダークフィールドに耐えていた」
 地球の映像が、ダークフィールドに蝕まれている。
「あなたたちがのんきに戦争している間にも。地球がどれだけ苦しいか分かるかしら? ズタズタにされながらも、地上生命にエネルギーを与えている。だからわたしはセレン計画失敗の後、ヱンゲージ計画で、この星で争いの原因となったブルータイプとレッドタイプの住処を、再び完全に別けるつもりだった。仲違いの歴史を二度と繰り返さぬために。永く続いてしまった、憎しみの歴史を終わらせるために。でも晶が、人類がレッドタイプが彼らと共存できるというのなら、一度やってみればいいわ……。わたしはその人類の選択を、止められない」
 アイ1の瞳に、複雑な色が宿っていた。
「そう、わたしは決められない。いつだって、わたしは人類の選択を尊重してきた。だってこの世界は、あなた達に任せた世界だから。あなた達に、何度も問いかけた。あなたは何を選択するのかって。人類が、わたしの言葉を受け入れる時だって、わたしは人類が自らの意思で受け入れるように、それ以上の事は決してしてこなかった」
 自分に似せた被造物である人間を創った神は、地上の生き物を人間に統治させた。自分の代理として、地上を人間に任せたのだ。
「伊東アイ……。私たちが、ブルータイプを受け入れる心の準備をしなければ、それは、それは絶対にできないって事よ! ブルータイプにせよ何にせよ……、この星に現れた者の存在の権利を、私は必ず守る。存在する者には、生きていく権利があるもの!」
 晶は唇を噛んだ。
 晶は、ずでに持論に危うさを実感しつつあった。それでも、この道を歩むことを放棄する訳にはいかない。今更……。
「ディモンと人類が争いを止め、ライトフィールドの元に一つになる。その時、あなた達は私の手を離れていくでしょう。でも、両種族がこれまで一億年続けて来た争いの歴史を終結させる事は、そう簡単な事ではない。あなたは甘い。安易に考え過ぎている。月の事も、ブルータイプの事も何も分かっていないあなたが勝手に判断すれば、どのような結果が導かれる事になるか------それを私は分かるから、あなたに何度も何度も警告してきた」
 伊東アイの眉間が白く輝き始め、ミカは警戒する。
「フォースヱンジェルの力を封印していたのも、危険だから封印したの。あなた達を、他ならぬあなた達自身から守るためにね。フォースヱンジェルの力に、ディモン・スターは競い立つ。人類が力を持てば、それだけディモン・スターが続々出現する。だから、人類をブルータイプから守るために、力を封印させていた。人類から人類を守り、この惑星を滅ぼさせないために私は警告を発した。その深慮を知らない人間……つまり宝生晶が、ミカの力を解放した。だけどあなた達人類には、分からなかった。人類の未来は今、宝生晶という独裁者の手にゆだねられた。ブルータイプとの共存を計るという志は良いけれど、その結果、地球はまた滅ぶのかもしれない」
 アイ1は釘をさした。
 今や人類の運命が宝生晶の双肩に掛かっている。重圧を感じながらも晶は前に進まなければならない。力を手に入れた晶は、独走の道を進んでいる。それは、かつて伊達統次が通った茨の道。しかしその事実を、晶は認めたくない。
「それこそが、人類の選択だわ。人類は自ら未来を選択していくのよ! 闇に瞬く光、それが人間だからよ! 人類は常に不完全なもの。でも、自分で選択する努力をしなければ、人類に進化なんかない。人類は、あなたの監督保護下におかれる限り、いつまでも自立、進化する事はできないんだから」
 そこで、イライラしたミカが晶の意識を遮断した。
「晶、もういいわよ。彼女といくら話したってラチがあかない。さぁアイ1、話し合いはもう済んだわ、永遠の実・ヱルダイヤモンドを早く、あたしに渡しなさい! ここにある事は分かってるのよ」
 ミカは晶の言葉を強制的に終了させると、自身に戻って叫んだ。
 上の、シャンバラのヱメラルドの大神殿のハイアラーキーホールに置かれたヱルエメラルドは、もっとも古いヱルだった。が、それはオリジナルではない。すべてのヱルのオリジナルは、光シャンバラにあるヱルダイヤモンドだと、ヱルゴールドは語っていた。その伊東アイの力の根源を手に入れる事が、デクセリュオンの勝利に他ならなかった。
「ヱルダイヤモンドを、あなた達人類が所有するつもり?」
 アイ1は小首を傾げた。
「そうだって言ってるでしょ、あんたの力を奪うためにね!」
「そんな事できないわよ」
「黙りなさい! この期に及んでまだ抵抗するつもり? 生かしておいてやろうと思ってたけど、渡さないなら、あなたを今すぐ殺すしかないわね!」
 ミカ・ヴァルキリーのかざすルビースピアーの先端が、アイ1の顔に突き付けられる。
「ヱルダイヤモンドというのはね、ミカ。地球の事よ……。地球には核があるでしょ。地球の核は、巨大なダイヤモンドなの。正二十面体と正十二面体が組み合わさった、一億カラットのね。それを手に入れて、あなたたちは一体どうするつもりなの?」
「--------!」
 ミカは何も言えなくなった。
「ヱルは、生きている一個の鉱石だと言ったはずよ。この星自体が、巨大なヱルメタル。すべての星が、生きた巨大な鉱石、メタル生命。だから地球は生きている。グリッドをあらしめしもの。それが、惑星幾何学の秘密。地球そのものがヱルダイヤモンドなのだから、それを時空研が手に入れるなんて、ナンセンスだわ。あなたはヴァージンヱンゲージの時、自分で見たはずよ。この時空を再生した時、ヱルダイヤモンドは、自らの身体を引き裂いて、ダイヤモンドダストのシャワーを地上に降り注いだ。その時、あなたは感じたでしょう? 再生のエネルギーを。ヱルダイヤモンドの慈悲が、あなたの祈りの声を聞いた。それで、十二個のヱルメタルが発生した。そこからメタルドライバー達も。みんな、この地球、すなわちヱルダイヤモンドから生まれた」
 やはり、そうだったのか。パズルのピースが組み合わさった。
 アイ1が、過てる人類について語る時、その眼は決まって相手に罪悪感を与えた。
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