第六十七話 光輝を取り巻く縁

文字数 2,743文字

「…………」
 伝えたいことを勢いのまま、思い切って吐露した。
 緊張と興奮に呼吸が荒くなる光輝の背中を、綴喜が優しく撫でる。
 人に見られないようにと、綴喜が気を遣って庭の中にある植木に囲まれたベンチへ優しく連れていった。
 ゆっくりと並んで腰を下ろすと同時に、光輝の開いた唇から静かな溜め息が深く洩れる。
 暫しの沈黙が続き、先に言葉を紡いだのは父親だった。
『……こうして話すのは、初めてかもしれないな』
「…………」
 貫禄を感じさせる落ち着いた口調に、一度呼吸を詰まらせ、相手に聞こえないように震える息を吐く。
『俺は、お前について、ほとんど知らない』
 父親は、黙ったままの光輝へと静かに語り始めた。
『お前を『隠し子』として扱わなければならなかった。故に、まともな会話もしてこなかった』
「…………」
『本当は、色んな行事にも参加してやりたかったんだが……仕事を優先していた』
「……わかっています。父さんの仕事の邪魔は出来ません」
 意を決して返した言葉は、多少震えていながらもハッキリとしたものだったに違いない。
 光輝が反応したことに対してなのか、相手は電話口で吐息の笑みを零した。
『お前……高校を卒業した暁には、自立しようと考えているそうじゃないか』
!! そ、それは……」
 まともに会話もしたことがない相手。ましてや、母親にすら告げてこなかったことを知っているという事実に、光輝の口からは言葉が出てこない。
 そんな様子を察したのか、父親は先を続ける。
『秋吉から聞いている』
「綴喜ッ……」
 慌てて綴喜に視線を向ければ、さっと視線を逸らされた。

 ──余計なことを……。

『俺は、これからもお前を『隠し子』として扱うことになる』
 躊躇いもなく告げられた内容に、光輝の表情が翳って奥歯を噛み締める。
「……はい」
 それでも、嫌だとは言えない。
 頷いて、続く言葉を待つ。
『人前では他人の振りをするだろう』
「……わかってます」
 それも今まで通りだと心の中で自分に言い聞かせながら、反論もなく返答した。
『だからこそ、お前の願うことは出来る限り叶えてやりたい』
「はい……え?」
 何を言われても否定も反論もしないと心を縛りつけたようにポツリと返事をしてから、思わず疑問符が続いた。
 
 ──俺の、願うこと……?

 空耳だったのかも知れない。
 しかし、確認する勇気がない。
「…………」
 何も言えずに黙っていると、電話の向こうから小さな溜め息が聞こえた。
 何を言われるのか、再度光輝の身体が強張る。
『父親として、失格なのはわかっている。どう接したらいいのかもわからない、というのは、言い訳に過ぎないな……』
「……どういうこと、ですか?」
 不意に紡がれた言葉に、素直な疑問が口をついた。
『父親らしいことを何もしてこなかった俺を、お前はいつでも『父さん』と呼んでくれる』
「それは……俺にとっては、父さんは一人しか居ませんから……」
 相手は、光輝にとってかけがえのない父親である。
 その気持ちは、ずっと変わらない。
『光輝は、俺を父親として見てくれているのか』
「当たり前じゃないですかッ……」
 自分にとって相手しかいない。
 その気持ちが昂ったせいで少し語気が強まってしまい、どうしようかと表情に焦りの色が滲む。
『……そうか……』
「父さんが、俺をどう見ていても構いません。『隠し子』であっても、今まで通りでも構いません。ただ、一乃瀬先輩を助けて欲しいんです。役に立ちたいんです。お願いします」
 相手の言葉が続かないと読んで、光輝は思い切って自分の願うことを改めて伝えた。
『……俺は、光輝のことを自分の子どもだと思っている』
「え……」
 疑っているわけではない。
 しかし、相手の口から紡がれるとは思ってもみなかった言葉に、当然と言えば当然な声が洩れた。
『信じては貰えないかも知れないな……光輝のことについては、綴喜の父親を通して聞いている』
「綴喜……」
 不貞腐れたように睨み付けると、相手は開き直って肩を竦める。
「だって、教えてって言われてんだもん。光輝には言うな、とも言われてるし」
「……狡いよ、俺だけ何も知らなかったなんて……」
 綴喜の言葉に、光輝の涙腺が緩んでいく。
『俺のお前に対する接し方は、決して褒められはしないだろう。間違っていると言われても仕方がない。……だから、遠回しにはなってしまうが……先ほども言った通り、お前の願うことは出来る限り叶えてやりたい』
「…………」
 自分は相手に何を願うだろうか。
 改めて考えたら、分からなくなってしまった。
『自家用ジェットを出そう。日が決まったら、また連絡をくれ』
「あっ……ありがとうございます」
 分からなくなってしまったぐしゃぐしゃな思考が、相手の言葉で一つに纏まって、慌てて礼を述べた。
『……あと三年……お前が自立し、家を出る際には秋吉の援助を頼んである。どうか、それまで堪えて欲しい』
 父親とは、これからも変わらない接し方をすることになる。
 それは、決して嬉しいものではない。
 それでも、自分のことを少しでも考えてくれているということが、他の人間にとっては当たり前なことかも知れない小さなことが、光輝にとってはとても嬉しいことだった。
 電話の向こうには分からないように、袖で目元を拭う。
「大丈夫です。俺には、綴喜が居ますから」
 自信を持ってハッキリとそう答えた後、通話を切る。
 途端に、隣に座っていた綴喜が横から思い切り抱き着いた。
「任せとけ! 俺がお前を守るから!」
「えへへ、頼りにしてる」
 照れ臭そうに笑って答えると、綴喜の手のひらが光輝の頬を拭う。
 そこで漸く、思っていた以上の涙を流していたことに気付いて光輝の頬が赤く染った。
「うわ、恥ずかしい……」 
 慌てて顔を逸らそうとしたが、綴喜に顎を掴まれて強制的に向かい合わされる。
「恥ずかしがるなよ」
「え、えっ、綴喜、ちょっ……待っ……」
 光輝の言葉は、重なった唇によって途切れた。
 その唇は、数秒の後にゆっくりと離れる。
「……嫌か?」
 至近距離で問う綴喜の表情は、いつにも増して男らしかった。
 驚きに目を丸くして硬直する光輝は、数回瞬きした後に首を横に振って否定する。
 顔を真っ赤にして、視線を逸らした。
「嫌だったら、多分ぶっ飛ばしてる」
 恥じらったまま答えると、綴喜はパッと表情を明るくしてスマートフォンを取り出す。
「おっけー、それなら俺と光輝は両想いな」
 軽快な口調で告げる相手に、光輝が訝しげな視線を向けた。
「……そ、そんな軽いノリでいいの?」
「軽くても良いんじゃね? 取り敢えず、姉貴に報告しねーとな」
 ふふん、とあからさまに嬉しそうな様子で答えると、光輝の恥じらいが冷めぬうちに姉へ伝えるため早々に電話を掛け始めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

一乃瀬 恭介

本作主人公

高校2年生/180cm

剣道部に所属している。

文武両道で寡黙な部分がある。

親は海外に出ていてほとんど帰ってこない。

あまり他人と関わりたがらない性格。

園原 結羽

高校2年生/176cm

女性顔負けの中性的で美しい顔立ち。

感情の起伏が乏しい。

全体的に色素が薄く、儚い印象を受けるが捻くれ者。

将来は『歌って踊れるモデル』になるのが夢。

西岐 智哉

高校2年生/180cm

恭介と結羽のクラスメイト。

明るく軽快な性格。

誰とでも分け隔てなく接する陽キャ。

結羽を除き、唯一恭介の頬を抓られる男。

将来は幸せな家庭に恵まれることが夢。

西岐 夏雅

大学3年生/184cm

智哉の兄。

心理学部専攻の大学3年生。

乱暴な性格で言葉遣いが荒い。

極度のブラコンで、頻繁に智哉を襲って泣かす。

瞳や仕草、声色から人の心を見透かす。

かなりのキレ者で、裏方としての役回りが多い。

暴力的な部分が玉に瑕。

24歳/167cm

結羽が通うダンススクールの先生。

事故当時、唯一結羽を助けた勇敢な女性。

作者の怠惰により名前がない。

既婚済み。わけあって子どもは居ない。

梓川 澪斗

33歳/179cm

結羽の親戚(母の弟)。

長野県在住の民俗学者。

元々は趣味で調べ始めた民俗学に関しての講演や、新聞のコーナーを担当している。

文献を漁るのが好きで、自宅の書斎にも所有している。

結羽に対して非常に可愛がっており、過剰な愛情を持っている。

月雲 暁

25歳/182cm

夏雅の知り合い。

格闘術や剣術に秀でた青年。

丁寧な口調で好印象。

かなり冷徹な一面も兼ねる。

反社会的な勢力を撲滅するための裏組織を纏める。

(※裏組織は警察庁との繋がりもある公認組織)

とある事件の際に夏雅が弟を匿ったことで信頼関係が築かれた。


月雲 花耶

享年20歳/172cm

暁の実弟。

無邪気で可愛らしい青年。

夏雅と同じ大学、同じ学科、同じ学年。

大学2年に上がった際に夏雅と知り合い、好意を持つ。

闇組織の放った銃弾によって命を落とした。

地下公安部隊の敷地内にて弔われた。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み