第三十六話 作戦決行
文字数 2,143文字
就学時間終了の予鈴が響く。
帰りのホームルームを済ませた二年二組の教室は、相変わらず雑談で騒がしかったものの、それも少しずつ減っていった。
朝の予定通り、恭介は図書室へ向かおうとしている。
部活道具は忘れずに、勿論、竹刀も握り締めて。
二人きりとなった教室で、愛する結羽を抱き締めてから、また後で会おうと約束を交わした。
「じゃあな」
「うん、また後で」
先に教室を後にしたのは恭介だった。
残った結羽は、愛しい相手から『放送室に入った』という連絡を待ってから動くことになっている。
それまで、緊張を持ったまま、ただひたすらに待つ。
「…………」
静かな一人きりの教室で、恭介に渡された手紙を開いて改めて目を通した。
読み返したところで何も感じない。
元より、ラブレターだとは思っていなかった。
己の捻くれ具合に笑いすら込み上げてくる。
「……ふふ」
感情のままに洩れた笑いをすぐに消して、手紙を畳んだ。
「……ぁ」
スラックスのポケットから振動を感じて、スマートフォンを取り出す。
確認すると、『放送室に入った』という予定通りの文字を見て教室を後にした。
────────
「………」
無事に放送室の鍵を借り、扉を出る際に軽く会釈をして静かに閉めた。
そのまま足早に放送室へ向かう。
時折、他の生徒と擦れ違うものの、結羽は見向きもせずに静かに階段を上がって放送室に辿り着いた。
既に解錠済みの扉を開いて、放送室内へ踏み込み、重厚な音を立てて扉を閉める。
その奥には、予定通りの二人がカーペットに腰を下ろしていた。
「結羽、無事だったな」
恭介に優しく声を掛けられると、結羽は小さく頷き、その様子を絢奈が嬉しそうに見つめている。
後は、手紙を書いた犯人が訪れるのを待つのみ。
そして、その時間は間もなくして訪れた。
ガチャリ、とドアノブがゆっくりと回り、金属が擦れる音を響かせながら扉が開いていく。
その一点を三人で見つめ、やがて現れたのは、全員が予想していた通りの人物だった。
「……優佳」
真っ先に聞こえた溜め息混じりの呟きは、絢奈のもの。
当の優佳は、三人が居ることに驚きを隠せず、ドアノブを掴んで半開きの扉から身体を半分覗かせたまま微動だにしない。
「な、何で……絢奈が居るの?」
予想が大きく外れたためか、声を震わせて目の前の光景を疑問視する。
「ねぇ、園原くんに手紙──」
絢奈の口から遠慮がちに紡がれようとした真意を問うための言葉を最後まで聞かず、優佳はドアノブから手を離して走り去ってしまった。
「優佳!!」
絢奈は途中で閉ざされた言葉を名前に変えて、引き留めようと叫びながら反射的に立ち上がり、その後を追い掛けて放送室を出て行ってしまう。
扉が静かに音を立てて閉まった。
「……ったく、何しに来たんだ」
二人きりとなった放送室で恭介が溜め息をついて愚痴を吐くと、それまで他の生徒が居たため距離を保っていた結羽がスッと身を寄せる。
「恭介、部活行く?」
もう放送室での用は済んだとばかりに紡がれた問い掛けは、早くこの場から離れたいと言っているようにも感じて、恭介は勿論と頷いた。
二人とも立ち上がり、さて退出しようとしたところで扉が開き、絢奈が戻ってきた。
「あーあ、見失った」
開口一番に嘆くと、恭介がすかさずオウム返しで問う。
「見失った?」
「んー、多分、帰ったっぽい」
短い溜め息をついて、絢奈は自分の荷物を手にした。
「何したかったのかなー」
というのも、結羽宛の手紙について何も解決していない。
本人から事情を聞きたかったが、逃げてしまったということは結羽以外には隠したい事情であるに違いない。
納得いかない様子の絢奈に、恭介が考えを口にする。
「……俺たちが邪魔だったのは違いねェだろうな」
「ってなると、やっぱり、目的は告白?」
「多分な。まぁ、結果は目に見えてるが」
二人の間ではラブレターとして話が進んでいるが、結羽は気に入らずに片頬を膨らませて恭介の腕に抱き着いた。
どうにもラブレターだとは思えない。
「……呑気だね」
「んなわけねェだろ」
不貞腐れているような相手に対し、恭介は至極真面目に言葉を返した。
しかし、相手の言葉はまるで氷柱のように冷たい鋭さを増す。
「仮に俺が一人で来たとして、刺されでもしたら?」
静かで単調な声色に、場の空気が凍った。
「……やめろよ」
微かな怒りを含んだ声で恭介が制すと、それに続いて絢奈が慌てて否定をする。
「そ、そうだよ……何で優佳が園原くんを刺すの? 優佳はそんな子じゃないよ」
「…………」
結羽は納得がいっていない様子で、頷くことも返事をすることもなかった。
三人は、気まずい雰囲気の中で放送室を後にすることとなり、絢奈は帰宅して恭介は道場へ向かう。
結羽は鍵を返すために一人、職員室の扉を開いた。
「……『そんな子じゃない』か」
──あの猫被りに気付かないんだ……。
職員室を後にして、静まり返った廊下を歩く。
「……バーカ」
誰に聞こえるでもない小さな悪態を洩らして、結羽はポケットの中で手紙を握り潰した。
その後は、いつも通りに道場で部活動に励む恋人を眺め、二人並んで帰路に着く。
いつもと変わらない、そんな今日という時間が淡々と過ぎていった。
帰りのホームルームを済ませた二年二組の教室は、相変わらず雑談で騒がしかったものの、それも少しずつ減っていった。
朝の予定通り、恭介は図書室へ向かおうとしている。
部活道具は忘れずに、勿論、竹刀も握り締めて。
二人きりとなった教室で、愛する結羽を抱き締めてから、また後で会おうと約束を交わした。
「じゃあな」
「うん、また後で」
先に教室を後にしたのは恭介だった。
残った結羽は、愛しい相手から『放送室に入った』という連絡を待ってから動くことになっている。
それまで、緊張を持ったまま、ただひたすらに待つ。
「…………」
静かな一人きりの教室で、恭介に渡された手紙を開いて改めて目を通した。
読み返したところで何も感じない。
元より、ラブレターだとは思っていなかった。
己の捻くれ具合に笑いすら込み上げてくる。
「……ふふ」
感情のままに洩れた笑いをすぐに消して、手紙を畳んだ。
「……ぁ」
スラックスのポケットから振動を感じて、スマートフォンを取り出す。
確認すると、『放送室に入った』という予定通りの文字を見て教室を後にした。
────────
「………」
無事に放送室の鍵を借り、扉を出る際に軽く会釈をして静かに閉めた。
そのまま足早に放送室へ向かう。
時折、他の生徒と擦れ違うものの、結羽は見向きもせずに静かに階段を上がって放送室に辿り着いた。
既に解錠済みの扉を開いて、放送室内へ踏み込み、重厚な音を立てて扉を閉める。
その奥には、予定通りの二人がカーペットに腰を下ろしていた。
「結羽、無事だったな」
恭介に優しく声を掛けられると、結羽は小さく頷き、その様子を絢奈が嬉しそうに見つめている。
後は、手紙を書いた犯人が訪れるのを待つのみ。
そして、その時間は間もなくして訪れた。
ガチャリ、とドアノブがゆっくりと回り、金属が擦れる音を響かせながら扉が開いていく。
その一点を三人で見つめ、やがて現れたのは、全員が予想していた通りの人物だった。
「……優佳」
真っ先に聞こえた溜め息混じりの呟きは、絢奈のもの。
当の優佳は、三人が居ることに驚きを隠せず、ドアノブを掴んで半開きの扉から身体を半分覗かせたまま微動だにしない。
「な、何で……絢奈が居るの?」
予想が大きく外れたためか、声を震わせて目の前の光景を疑問視する。
「ねぇ、園原くんに手紙──」
絢奈の口から遠慮がちに紡がれようとした真意を問うための言葉を最後まで聞かず、優佳はドアノブから手を離して走り去ってしまった。
「優佳!!」
絢奈は途中で閉ざされた言葉を名前に変えて、引き留めようと叫びながら反射的に立ち上がり、その後を追い掛けて放送室を出て行ってしまう。
扉が静かに音を立てて閉まった。
「……ったく、何しに来たんだ」
二人きりとなった放送室で恭介が溜め息をついて愚痴を吐くと、それまで他の生徒が居たため距離を保っていた結羽がスッと身を寄せる。
「恭介、部活行く?」
もう放送室での用は済んだとばかりに紡がれた問い掛けは、早くこの場から離れたいと言っているようにも感じて、恭介は勿論と頷いた。
二人とも立ち上がり、さて退出しようとしたところで扉が開き、絢奈が戻ってきた。
「あーあ、見失った」
開口一番に嘆くと、恭介がすかさずオウム返しで問う。
「見失った?」
「んー、多分、帰ったっぽい」
短い溜め息をついて、絢奈は自分の荷物を手にした。
「何したかったのかなー」
というのも、結羽宛の手紙について何も解決していない。
本人から事情を聞きたかったが、逃げてしまったということは結羽以外には隠したい事情であるに違いない。
納得いかない様子の絢奈に、恭介が考えを口にする。
「……俺たちが邪魔だったのは違いねェだろうな」
「ってなると、やっぱり、目的は告白?」
「多分な。まぁ、結果は目に見えてるが」
二人の間ではラブレターとして話が進んでいるが、結羽は気に入らずに片頬を膨らませて恭介の腕に抱き着いた。
どうにもラブレターだとは思えない。
「……呑気だね」
「んなわけねェだろ」
不貞腐れているような相手に対し、恭介は至極真面目に言葉を返した。
しかし、相手の言葉はまるで氷柱のように冷たい鋭さを増す。
「仮に俺が一人で来たとして、刺されでもしたら?」
静かで単調な声色に、場の空気が凍った。
「……やめろよ」
微かな怒りを含んだ声で恭介が制すと、それに続いて絢奈が慌てて否定をする。
「そ、そうだよ……何で優佳が園原くんを刺すの? 優佳はそんな子じゃないよ」
「…………」
結羽は納得がいっていない様子で、頷くことも返事をすることもなかった。
三人は、気まずい雰囲気の中で放送室を後にすることとなり、絢奈は帰宅して恭介は道場へ向かう。
結羽は鍵を返すために一人、職員室の扉を開いた。
「……『そんな子じゃない』か」
──あの猫被りに気付かないんだ……。
職員室を後にして、静まり返った廊下を歩く。
「……バーカ」
誰に聞こえるでもない小さな悪態を洩らして、結羽はポケットの中で手紙を握り潰した。
その後は、いつも通りに道場で部活動に励む恋人を眺め、二人並んで帰路に着く。
いつもと変わらない、そんな今日という時間が淡々と過ぎていった。