第三十二話 放課後の放送室
文字数 2,566文字
「…………」
「結羽、どうした?」
帰りのホームルーム終了後、恭介は通学カバンの中へ持ち帰る教材を選別し終え、さて部活へ向かおうと立ち上がったところで座ったままの相手に声を掛けた。
「……んー、めんどくさい」
溜め息混じりに紡がれた文句に、恭介は昼食時に言われていたことを思い出して苦笑いを浮かべる。
「あー、放送室行くのがか?」
「そうだよ」
完全に不貞腐れた声色で返されたが、恭介にはどうしようもない。
「面倒かも知れねェが、お前が体育祭で放送担当するの了承しちまったんだから仕方ねェよ。放送室入ったことねェんだろ? ほら、終わったら昇降口で待ち合わせしようぜ」
優しく肩をポンポンと叩いて宥めながら、これからやるべきことを促してあげると、相手は渋々立ち上がってカバンを手にした。
「恭介が居ないのにやる気しない」
「やる気なくてもやらなきゃいけねェことだってあるんだよ」
「むー」
恭介の言葉に何も言い返せず、結羽は誰も居なくなった教室で相手の腕に抱き着いて暫く甘える。
二人きりになると、こうして甘えてくれるようになった。
普段は決して甘えようとしない相手。
甘えてくれること自体がとても嬉しくて、恭介は何も言わずに受け入れるようにしている。
「……わかった、いくよ」
肩に頬を押し当てて小さな声で紡がれると、恭介は安堵して表情を緩めた。
「よし、良い子だ」
優しく頭を撫でてあげると、バシッと音を立ててその手を思い切り払われる。
「子ども扱い嫌い」
なんともツンとデレの激しい相手だ。
自主的な甘えは良いが、恭介が甘やかすのは照れて不機嫌を演じてしまうらしい。
「んなつもりはねェよ、誉めただけだ」
そうして名残惜しそうに離れると、一緒に教室を後にした。
「じゃあな、昇降口で待ち合わせ、忘れんなよ」
「んー、ばいばい」
放送室と道場は反対方向にある。
その場で互いに別れの言葉を告げ、背を向けて目的地へと向かった。
────────
「…………」
教室棟から渡り廊下を行き、特別棟と呼ばれる棟に辿り着く。突き当たりにある図書室の隣りに設けられた階段を一階分上がると、放送室の札が掛かっているのが見えた。
教室棟の階層は学年ごとに定められており、二年の教室は二階にある。一階分上がっているので放送室は特別棟の三階ということだ。
滅多に足を運ばない三階へ向かう階段は、静まり返って薄暗く感じた。
──めんどくさいな……。
結羽は、小さな溜め息を短く吐いてから放送室の扉をノックした。
「はーい!」
元気な声が聞こえて、扉が開かれる。
金属製の扉らしく、少し重そうだ。
姿を現したのは、昼食時に二人の元へと訪れた女子生徒のうち、金髪の方──林堂絢奈だった。
嬉しそうな明るい笑顔を浮かべながら、訪ねたのが結羽だとわかると更に華やかな笑顔を見せる。
「園原くん! 来てくれてありがとう!」
「…………」
相手のテンションについていけず無表情のまま小さく会釈した。
その反応にも嬉しそうに優しく笑うと、絢奈は放送室内を振り返って声を上げる。
「あっ、優佳、ありがとう! 園原くん来てくれたからもう帰って大丈夫だよ!」
優佳とは、同じく昼食時に絢奈と一緒に居て声を掛けてきた女子生徒だ。
「うん、わかった」
遠慮がちに小さな声で返事をすると、優佳はそろそろと二人の脇を通り放送室を後にし、結羽に一礼しては絢奈と手を振り合い、階段を下りていった。
「…………」
結羽は、優佳が去っていった方へと視線を向けたまま、響く靴音が遠退いていくのを聞きつつ首を傾げる。
何故自分が来たから帰って行ったのかが分からない。
無表情のまま動かない様子を見兼ねて、絢奈が苦笑混じりに声を掛ける。
「あー、あのね、優佳は放送委員じゃないんだ。体育祭に向けて手伝いに来てくれてたんだけど、あの子も短距離走出なきゃならなくて、園原くんが来てくれるから競技に集中出来るようになったの。ありがとね!」
「……ふーん」
──別に、どうでも良いけど。
普段と変わらず興味を示さない結羽に、どうしようかと少し考えてから、絢奈は一つ思い付いて提案をする。
「あっ、取り敢えず中に入って! 他のメンバーにも紹介したいし!」
「……わかった」
絢奈に続くようにして放送室へと踏み込むと、重い扉がガチャリと静かに閉じた。
入ってすぐ横に、録音機材やマイクがあるガラス張りの個室があり、前の広いスペースにはカメラ機材や、机、椅子が設置されている。
絢奈の説明によると、横の個室は放送用。広いスペースはPR動画等を作成する際に使用される部屋とのことだ。
普段、使用していない際には放送委員たちの休憩や準備、話し合いの場になっているらしい。
「今は、私含めて三人しか居ないんだけど」
「……」
その場には、絢奈の他には男女一人ずつしか居ない。
一人は、金色に染めた短髪と長めの前髪を上げて額を出し、黒縁の眼鏡をかけている好青年。
もう一人は、ミディアムヘアを紫色に染め、サイドを三つ編みにしている。
どちらも絢奈のような明るさを持ち合わせて居そうな風貌をして、カーペットに座って寛いでいた。
しかし、初めて放送室に入ってきた結羽を見るや、徐に姿勢を正す。
そうして暫し無言の時間が続くと、結羽を除く三人が気まずそうにアイコンタクトを取り、その結果、男子生徒が空気を変えようと自己紹介をし始めた。
「えっと、園原……だっけ? 俺、三組の芝山 。芝山矢凪 」
「あっ、私は四組の、阿倉 瀬菜 。よ、よろしく!」
続けて女子生徒も慌てながら自己紹介を済ませ、三人の視線が結羽へと向けられた。
自己紹介をする流れだと判断し、結羽は口を開く。
「……二組の、園原結羽」
全員が無事に自己紹介を済ませることが出来たことに、結羽を除く一同は安堵の息を吐いた。
しかし、結羽の中に一つの疑問が浮かび上がる。
「……二組は?」
二組の放送委員は居ないのか? という疑問だった。
途端に、三人の雰囲気が少し曇り、視線を交わらせた後に絢奈が遠慮がちに口を開いた。
「園原くん、二組の放送委員は、西岐くんだよ」
「あー……わかった」
意外だな、と思いながらも、結羽は自分が西岐の代わりに放送を担当するのかと思うと少し嬉しく感じた。
勿論、表情には決して出すことなどないのだが。
「結羽、どうした?」
帰りのホームルーム終了後、恭介は通学カバンの中へ持ち帰る教材を選別し終え、さて部活へ向かおうと立ち上がったところで座ったままの相手に声を掛けた。
「……んー、めんどくさい」
溜め息混じりに紡がれた文句に、恭介は昼食時に言われていたことを思い出して苦笑いを浮かべる。
「あー、放送室行くのがか?」
「そうだよ」
完全に不貞腐れた声色で返されたが、恭介にはどうしようもない。
「面倒かも知れねェが、お前が体育祭で放送担当するの了承しちまったんだから仕方ねェよ。放送室入ったことねェんだろ? ほら、終わったら昇降口で待ち合わせしようぜ」
優しく肩をポンポンと叩いて宥めながら、これからやるべきことを促してあげると、相手は渋々立ち上がってカバンを手にした。
「恭介が居ないのにやる気しない」
「やる気なくてもやらなきゃいけねェことだってあるんだよ」
「むー」
恭介の言葉に何も言い返せず、結羽は誰も居なくなった教室で相手の腕に抱き着いて暫く甘える。
二人きりになると、こうして甘えてくれるようになった。
普段は決して甘えようとしない相手。
甘えてくれること自体がとても嬉しくて、恭介は何も言わずに受け入れるようにしている。
「……わかった、いくよ」
肩に頬を押し当てて小さな声で紡がれると、恭介は安堵して表情を緩めた。
「よし、良い子だ」
優しく頭を撫でてあげると、バシッと音を立ててその手を思い切り払われる。
「子ども扱い嫌い」
なんともツンとデレの激しい相手だ。
自主的な甘えは良いが、恭介が甘やかすのは照れて不機嫌を演じてしまうらしい。
「んなつもりはねェよ、誉めただけだ」
そうして名残惜しそうに離れると、一緒に教室を後にした。
「じゃあな、昇降口で待ち合わせ、忘れんなよ」
「んー、ばいばい」
放送室と道場は反対方向にある。
その場で互いに別れの言葉を告げ、背を向けて目的地へと向かった。
────────
「…………」
教室棟から渡り廊下を行き、特別棟と呼ばれる棟に辿り着く。突き当たりにある図書室の隣りに設けられた階段を一階分上がると、放送室の札が掛かっているのが見えた。
教室棟の階層は学年ごとに定められており、二年の教室は二階にある。一階分上がっているので放送室は特別棟の三階ということだ。
滅多に足を運ばない三階へ向かう階段は、静まり返って薄暗く感じた。
──めんどくさいな……。
結羽は、小さな溜め息を短く吐いてから放送室の扉をノックした。
「はーい!」
元気な声が聞こえて、扉が開かれる。
金属製の扉らしく、少し重そうだ。
姿を現したのは、昼食時に二人の元へと訪れた女子生徒のうち、金髪の方──林堂絢奈だった。
嬉しそうな明るい笑顔を浮かべながら、訪ねたのが結羽だとわかると更に華やかな笑顔を見せる。
「園原くん! 来てくれてありがとう!」
「…………」
相手のテンションについていけず無表情のまま小さく会釈した。
その反応にも嬉しそうに優しく笑うと、絢奈は放送室内を振り返って声を上げる。
「あっ、優佳、ありがとう! 園原くん来てくれたからもう帰って大丈夫だよ!」
優佳とは、同じく昼食時に絢奈と一緒に居て声を掛けてきた女子生徒だ。
「うん、わかった」
遠慮がちに小さな声で返事をすると、優佳はそろそろと二人の脇を通り放送室を後にし、結羽に一礼しては絢奈と手を振り合い、階段を下りていった。
「…………」
結羽は、優佳が去っていった方へと視線を向けたまま、響く靴音が遠退いていくのを聞きつつ首を傾げる。
何故自分が来たから帰って行ったのかが分からない。
無表情のまま動かない様子を見兼ねて、絢奈が苦笑混じりに声を掛ける。
「あー、あのね、優佳は放送委員じゃないんだ。体育祭に向けて手伝いに来てくれてたんだけど、あの子も短距離走出なきゃならなくて、園原くんが来てくれるから競技に集中出来るようになったの。ありがとね!」
「……ふーん」
──別に、どうでも良いけど。
普段と変わらず興味を示さない結羽に、どうしようかと少し考えてから、絢奈は一つ思い付いて提案をする。
「あっ、取り敢えず中に入って! 他のメンバーにも紹介したいし!」
「……わかった」
絢奈に続くようにして放送室へと踏み込むと、重い扉がガチャリと静かに閉じた。
入ってすぐ横に、録音機材やマイクがあるガラス張りの個室があり、前の広いスペースにはカメラ機材や、机、椅子が設置されている。
絢奈の説明によると、横の個室は放送用。広いスペースはPR動画等を作成する際に使用される部屋とのことだ。
普段、使用していない際には放送委員たちの休憩や準備、話し合いの場になっているらしい。
「今は、私含めて三人しか居ないんだけど」
「……」
その場には、絢奈の他には男女一人ずつしか居ない。
一人は、金色に染めた短髪と長めの前髪を上げて額を出し、黒縁の眼鏡をかけている好青年。
もう一人は、ミディアムヘアを紫色に染め、サイドを三つ編みにしている。
どちらも絢奈のような明るさを持ち合わせて居そうな風貌をして、カーペットに座って寛いでいた。
しかし、初めて放送室に入ってきた結羽を見るや、徐に姿勢を正す。
そうして暫し無言の時間が続くと、結羽を除く三人が気まずそうにアイコンタクトを取り、その結果、男子生徒が空気を変えようと自己紹介をし始めた。
「えっと、園原……だっけ? 俺、三組の
「あっ、私は四組の、
続けて女子生徒も慌てながら自己紹介を済ませ、三人の視線が結羽へと向けられた。
自己紹介をする流れだと判断し、結羽は口を開く。
「……二組の、園原結羽」
全員が無事に自己紹介を済ませることが出来たことに、結羽を除く一同は安堵の息を吐いた。
しかし、結羽の中に一つの疑問が浮かび上がる。
「……二組は?」
二組の放送委員は居ないのか? という疑問だった。
途端に、三人の雰囲気が少し曇り、視線を交わらせた後に絢奈が遠慮がちに口を開いた。
「園原くん、二組の放送委員は、西岐くんだよ」
「あー……わかった」
意外だな、と思いながらも、結羽は自分が西岐の代わりに放送を担当するのかと思うと少し嬉しく感じた。
勿論、表情には決して出すことなどないのだが。